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7-11
重症筋無力症

概要

重症筋無力症とは、手足の筋力が低下する、疲れやすくなる、また有名な症状では眼瞼下垂といい瞼が下がってしまう症状や複視といってものがダブって見える症状が出現する疾患です。原因は神経筋接合部と呼ばれる神経と筋肉のつなぎ目が破壊されることです。厚生省の特定疾患(難病)に指定されています。どこの筋肉に力が入らなくなるか、どの程度力が入らなくなるかなど程度は千差万別ですが、しばらく使っていると悪化し、休息によって回復する傾向があるため夕方に症状が強く現れる事を特徴とします。

原因

筋肉が思うように動かなくなるのは何故でしょうか?人は脳から指令を出して神経を伝わり動かしたい筋肉を動かします。神経から筋肉に命令が伝わる必要があるのですが、神経と筋肉が接する場所(神経筋接合部)において、神経の末端から筋肉に向けて命令を伝える物質が放出されます。それがアセチルコリンという物質です。筋肉側にはアセチルコリンという指令物質を受け取るために受け入れるための容器が用意されています。それをアセチルコリン受容体といいます。重症筋無力症は、アセチルコリン受容体の働きを妨げる抗体(抗アセチルコリン受容体抗体)が何らかの理由で作られて、指令を受け取れなくなる疾患です。多くの重症筋無力症の方が、この抗アセチルコリン受容体抗体を保有しているのですが、一部、アセチルコリン受容体の集合に重要な働きをする筋特異的チロシンキナーゼに対する抗体であるMusk抗体を持った結果、重症筋無力症になっている方もおります。他にもMuskと複合体をなすLrp4(LDL受容体関連蛋白4)抗体が報告され現在解明中です。

症状

症状は大きく分けて2通り。

 

①「眼筋型」

「眼筋型」は眼瞼下垂(瞼が下がる)、複視(ものが二重に見える)などの症状が出現するタイプです。初発症状の70%は眼瞼下垂、50%が複視と言われています。「眼筋型」重症筋無力症の20%が「全身型」に移行すると言われています。

 

②「全身型」

「全身型」は眼だけでなく手足から全身の筋肉。嚥下するための筋肉、表情を作る顔の筋肉、呼吸をするための呼吸筋と全身の筋肉が障害されます。

 

他の特徴

 

 ・疲れやすい       (易疲労性)

 

 ・症状が朝弱く、夜強く出現  (日内変動)

 

 ・日によって疲れやすさが違う(日差変動)

 

などが特徴です。重症筋無力症ガイドラインにおいても「本症の臨床症状の特徴は、運動の反復、持続に伴い骨格筋の筋力が低下し(易疲労性)、これが休息により改善する事、夕方に症状が悪化すること(日内変動)、日によって症状が変動すること(日差変動)である。初発症状としては眼瞼下垂や眼球運動障害による複視などの眼症状が多い」とされています。

 

(眼症状)

 

眼瞼下垂

瞼が下がる症状です。重症筋無力症の眼瞼下垂はある日突然発症します。発症日が比較的はっきりしていることが特徴と言われています。ただし他の眼瞼下垂を起こしうる疾患である脳動脈瘤、脳出血、脳梗塞、くも膜下出血なども突然発症するため「突然発症=重症筋無力症」とは考えないで下さい。一方で加齢性の眼瞼下垂やハードコンタクトレンズ使用による眼瞼下垂はゆっくり進行します。加齢性眼瞼下垂の場合は両眼性で緩徐に進行し,発症日が明らかでないのが普通です。重症筋無力症に限らず、発症日がはっきりしている場合は脳梗塞や脳動脈瘤など命に関わる重大な疾患の場合が多いため、即座に脳神経外科医に相談することを推奨します。また若年者の眼瞼下垂は、即座に脳神経外科医に相談しましょう。眼瞼下垂治療をネットで検索すると美容形成外科や美容眼科のHPに辿り着きますが、眼瞼下垂の原因が脳や神経の問題であった場合は最悪な結果が待っています。複視や眼瞼下垂を安易に考えるべき症状ではありません。

 

複視

ものがだぶって見える事を複視と言います。通常ものを見るときは両眼で見ています。両眼の視線が対象物に完全に一致ししているため、ものがダブって見えることはありません。しかし、1つのものが上下・左右・斜めなどにずれて2つに見えることがあり、これを複視といいます。複視は、片目で見ても2つに見える片眼複視と片目で見ても1つなのに両眼で見ると2つに見える両眼複視があります。

 

 ・片眼複視

片側複視の場合は眼自体に原因があります。水晶体脱臼、虹彩離断、白内障、乱視など眼の疾患が原因であることがほとんどです。

 ・両眼複視

一方で両眼性複視の原因は眼自体にあることはありません。脳、神経、神経ー筋接合部、筋肉に原因があることがほとんどです。両目で対象物を見た際に、左右の眼の動きが一致していないとものは二つにダブって見えます。片眼を閉じれば解決します。左右の眼の動きが一致しない理由には以下4つの問題が考えられます。

 ①眼を動かす司令部である脳の問題

 ②脳から眼の筋肉に指令を送る神経の問題

 ③眼を動かす筋肉と指令が伝達する神経との連絡の問題

 ④眼を動かす筋肉の問題

複視が存在する場合は上記4つの部位での異常を考えなければなりませんが、重症筋無力症は③に問題があります。ちなみに眼筋の麻痺により左右の眼の動きがバラバラとなり、ものが2つに見えるようになりますので、片眼を閉じると複視は消失します。そして片眼ずつ眼を閉じた時に外側の像(=虚像)が消える方の眼に麻痺があるといわれています。

さて、重症筋無力症の眼瞼下垂は突然発症することが特徴と説明しました。しかし重症筋無力症によって生じる複視は一定していないようです。眼瞼下垂と共通点は、日内変動および日差変動があるということです。例えば複視の日内変動は、「夕方の運転中にセンターラインが二重に見える」など、夕方以降に生じる症状を訴える場合があります。両眼視における複視があるということは斜視があるということです。斜視は眼が大きく外側に向いた外斜視は分かりやすいですが、他のタイプの斜視は分かりにくいです。実際に脳神経外科医である私は軽い上下斜視を外観から見分ける自信はありません。重症筋無力症の斜視は見た目には目立たない上下斜視が多いのも特徴です。また、Hess試験という眼の動きのテストと視診の所見が一致しないことも特徴のひとつに挙げられます。複視の原因で多い内科疾患の一つである甲状腺眼症も上下斜視を呈することが多く、重症筋無力症同様に斜視が目立たず誤診を招く可能性の高い疾患です。ちなみに、甲状腺眼症による複視も重症筋無力症同様、日内変動があります。また甲状腺眼症の最大の特徴である眼球突出が出現する前に複視が先行する場合があるため注意が必要です。このように複視を主訴に受診した患者さんの斜視を認めない、もしくは目立たない場合やHESS検査の不一致は重症筋無力症や甲状腺眼症を考える必要があります。

 

(全身症状)

全身症状は手足から全身の筋肉。嚥下するための筋肉、表情を作る顔の筋肉、呼吸をするための呼吸筋と全身の筋肉が障害されます。眼症状と同じく疲れやすく(易疲労性)、1日の中でも症状が変動(日内変動)したり、日によって疲れやすさが違う(日差変動)のが特徴です。しばらく使っていると悪くなり、休むと回復しするため朝には症状が弱く、夕方に症状が強いことが多いです。眼症状を主症状とした「眼筋型」と全身の骨格筋に症状の強い「全身型」の重症筋無力症に分類されますが、「眼筋型重症筋無力症」の20%は全身型重症筋無力症に移行するため注意が必要です。

 

・四肢症状

箸や茶碗が上手に持てない、上手に歩けないなどの症状が出現します。

 

・球症状 

飲み込みにくく、時にむせたり 、しゃべりにくくなります。

 

・呼吸症状

呼吸にかかわる筋力が低下するため、息苦しさを自覚することがあります。

重症筋無力症の合併症

甲状腺疾患、関節リウマチ、全身エリテマトーデスなどの自己免疫性疾患の合併が重症筋無力症の約10%に認められるため注意が必要です。胸腺腫と合併した重症筋無力症は赤芽球癆、円形脱毛症、心筋炎、味覚障害などを合併します。また低γグロブリン血症合併する胸腺関連重症筋無力症はGood症候群とも呼ばれ免疫異常により重篤な日和見感染を起こす疾患ですので注意が必要です。

甲状腺疾患
関節リウマチ
全身エリテマトーデス
赤芽球癆
円形脱毛症
心筋炎
味覚障害

検査

抗体測定)

重症筋無力症を疑う症状があれば、まずは抗AChR抗体を測定します。抗AChR抗体が陽性であれば重症筋無力症と診断できます。陰性で症状から重症筋無力症が疑わしければ抗MuSK抗体を測定します。同時測定は保険適応上認められていないため注意が必要です。抗AChR抗体陽性重症筋無力症が全体の8割程で、抗MuSK抗体陽性重症筋無力症が2割程と言われています。いずれの抗体が陰性の方も15%程度は存在するようです。

抗AChR抗体陽性重症筋無力症であれば、胸腺腫をチェックする必要があります。胸部CTを撮影すればほぼ診断可能です。胸腺腫例では胸腺腫の摘除が必要ですし、早期発症重症筋無力症に胸腺異常が認められる場合は胸腺摘除も治療選択肢となります。

 

胸部CTは)

抗AChR抗体陽性重症筋無力症であれば、胸腺腫を調べる必要があります。胸腺腫を伴う重症筋無力症患者のほぼ全例、過形成胸腺を伴う重症筋無力症患者の90%以上は抗AChR抗体陽性と言われています。最終的には胸腺腫摘除術の適応の有無が治療方針を決定させるため胸部X線検査、CT検査、MRI検査、 PET-CTなどの画像検査によって、胸腺の状態を観察します。

(検査名)(検査内容)
アイステスト冷凍したアイスパックをガーゼで包みを3-5分間瞼に当てて、瞼が2mm以上開眼されるか確認
テンシロンテストテンシロンという薬剤を静脈注射して、症状が改善されるか判断する試験です。点滴ルートを確保し、テンシロン10mgを原液もしくは希釈溶液を静脈内投与します。原液投与する場合は徐脈が出現しないように2.5mgずつ投与することが推奨されています。
易疲労性試験上方視を1分持続させます。眼瞼下垂の悪化が認められれば陽性です。
反復刺激試験鼻筋、僧帽筋、手内在筋に電気刺激を送り刺激波形をチェックします。重症筋無力症の場合、波形の振幅が徐々に減少してゆく現象が認められます。
単線維筋電図症状のある筋肉に針を刺して、反応を見る検査です。眼輪筋、前頭筋、総指伸筋を用いる事が多いです。

治療

発症年齡、眼筋型、全身型、重症度、自己抗体検査結果、胸腺画像異常の有無などにより治療法が選択されます。基本的な考え方として成人発症重症筋無力症の完全寛解は困難で長期的な治療が必要となります。最終目標は「経口プレドニゾロン5mg/日でminimal manifestationsレベル」で早期達成を目指します。特に全身型重症筋無力症は早期から免疫抑制剤を用います。抗コリンエステラーゼ阻害薬は補助薬として有効ですが一時的な効果となります。

 

①抗コリンエステラーゼ阻害薬

アセチルコリンを分解するコリンエステラーゼという酵素の働きを抑制することで、アセチルコリンが増加します。アセチルコリンは神経から筋肉に指令を伝える物質のため増えれば伝達が改善され、眼や全身の症状が良くなる治療薬です。重症筋無力症の病型を問わず、第一選択薬となります。経口薬で効果が早くみられますが、作用は一時的ですので補助剤としての役割となっています。下痢、流涙、流涎などの副作用がありますが、自然と慣れてきます。経口薬はピリドスチグミン臭化物(メスチノン)、ジスチグミン臭化物(ウブレチド)、ネオスチグミン臭化物(ワゴスチグミン)などがあり、注射薬はネオスチグミンメチル硫酸塩や塩酸エドロホニウムがあります。作用時間が短いピリドスチグミン臭化物(メスチノン)が使いやすいです。

 

②胸腺摘出術

全身症状があり、胸腺腫を合併している方は胸腺摘出術によって改善が期待できます。胸腺腫を合併しない重症筋無力症の場合でも早期発見された全身性重症筋無力症で若年性や病初期のAchR抗体陽性過形成胸腺例では摘出術を検討します。AchR抗体陰性例で胸腺摘出の有効性を示したエビデンスはありません。

 

③ステロイド

重症筋無力症のスタンダードな治療法となります。全身型重症筋無力症に使用しますが、眼筋型重症筋無力症のコリンエステラーゼ阻害薬不応例に副腎皮質ステロイドが使用されることがあります。可能な限り少量の副腎皮質ステロイドコントロールできるよう、免疫抑制剤追加投与や、胸腺摘除術を行うこともあります。

 

④免疫抑制剤

多くの場合は副腎皮質ステロイドから治療を始めますが、最終的には「経口プレドニゾロン5mg/日でminimal manifestationsレベル」を目標にします。ステロイドが上手く使えないような場合にステロイドと同じ理論で、自己抗体の産生を抑制することが目的として免疫抑制剤が使用されます。感染症や耐糖能異常、腎機能異常などの副作用に注意して使用します。

 

⑤免疫グロブリン療法

ステロイドや免疫抑制剤などの治療を行ってもコントロール不良の場合に使用されます。免疫グロブリン製剤を400mg/kgを5日間連日点滴静注します。

 

⑥血液浄化療法

抗アセチルコリン受容体抗体を血液中から取り除く治療法です。一般的な有効性は認められていませんが、クリーゼの治療に有効性が認められています。効果は即効性で、一時的にでも症状の改善を期待する場合に用いられます。

 

⑦エクリズマブ注射

抗アセチルコリン受容体抗体陽性全身型重症筋無力症で、他の治療でコントロールが不良な場合、補体の働きを抑えて症状を改善します。