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外転神経麻痺-疾患-
原因
他の外眼筋神経同様に障害される解剖部位から分類すると下記が挙げられます。また外転神経麻痺が起きうる部位によって症状に差があります。
①脳幹内
くも膜下出血・脳梗塞・脳出血・脳腫瘍・脳膿瘍・海綿状血管腫・脱髄性疾患・Wernicke脳症など
脳幹内病変によって外転神経核を障害されると
・病変側への両側水平注視障害
・しばしば、橋に存在する他の脳神経核の障害を併発
基本的にはCT・MRI撮影にて診断は容易です。
また神経線維束に病変が生じると
・同側の外転神経麻痺
・傍正中橋病変
を起こすなど症状に差異があります。
②脳槽部:
外傷・神経虚血(糖尿病など)・動脈瘤(特に解離性動脈瘤)などによる血管圧迫・
腫瘍性病変(髄膜腫や聴神経鞘腫など小脳橋角部腫瘍・髄膜腫や脊索腫、骨肉腫など斜台腫瘍)・炎症性疾患・フィッシャー症候群などの脱髄疾患・頭蓋内圧亢進症などがあげられ、単独の外転神経麻痺として症状が現れます。
③Dorello管 :
Gradenigo症候群(中耳炎+側頭痛)、錐体骨浸潤を起こす上咽頭腫瘍、蝶形骨腫瘍腫瘍
④海綿状脈洞:
巨大動脈瘤・Tolosa-Hunt症候群・腫瘍・血管炎・サルコイドーシス・感染
⑤上眼窩裂 :
腫瘍・真菌などの感染症
⑥神経筋接合部:
重症筋無力症
⑦筋 :
甲状腺眼症・Miller-Fisher症候群
などが挙げられますが、臨床的には外傷や術後障害を多く経験します。
くも膜下出血
くも膜下出血
くも膜下出血とは「くも膜の下」に出血を起こした疾患です。頭蓋骨の下には硬膜,くも膜,軟膜の3層の膜が存在し脳を守っています。「くも膜」と「軟膜」の間はくも膜下腔と呼ばれています。このくも膜下腔に出血を起こした状態がくも膜下出血です。世間で大変怖い疾患と認知されているくも膜下出血は脳の血管に出来た脳動脈瘤が破裂する事によって起こるものです。原因として、脳動脈の一部がコブ状にふくらんでできた動脈瘤の破裂によるものが大部分です。
(詳しくは
https://kuwana-sc.com/brain/category/stroke/
にて解説しています)
一方、少数ですが脳動脈が紡錘状に拡大する解離性動脈瘤が原因となる事もあります。くも膜下出血に伴って外転神経麻痺を呈するケースは眞野らの報告によると0.63%で、その大部分が解離性動脈瘤であったと報告しています。解離性椎骨動脈瘤破裂に伴うくも膜下出血の外転神経麻痺の発症頻度は26.9%と報告しています。一方で前交通動脈動脈瘤や内頚動脈動脈瘤破裂によるくも膜下出血による外転神経麻痺の報告も多く、血腫による直接圧迫や破裂時のジェットによる椎骨動脈系と接触により、外転神経麻痺を来しうると報告されています。
解離性動脈瘤
解離性動脈瘤
脳動脈瘤には主に2つの種類があります。一つは血管が枝分かれる分岐部と呼ばれる部分にこぶ状に膨らんだ嚢状動脈瘤。二つ目は血管自体が拡大する紡錘状動脈瘤と呼ばれるものです。紡錘状動脈瘤の多くは解離性動脈瘤といい、血管壁の膜構造が破綻して血管全体が紡錘状に拡大します。血管壁は通常、内弾性板・中膜・外膜と三層構造で成り立っていおり、中でも内弾性板は、動脈壁の一番強い構造です。解離性動脈瘤はこの内弾性板に亀裂が入り、中膜の中に血流が進入することによって生じます。解離性動脈瘤の症状は多彩で、大きく分類すると5つのパターンが存在します。
①出血:
解離腔から出血を起こすケースです。ほとんどがくも膜下出血という形を取り重篤な症状を呈します。
②梗塞:
動脈壁の剥がれた部分から分枝する血管が閉塞し、脳梗塞を起こします。この場合も重篤な症状を呈します。
③激痛:
動脈に解離を生じた時点で、頭痛が生じることが多いです。一般的には後頭部の激痛を訴えます。
④軽度頭痛ー無症状:
症状が非常に軽いケースも散見されます。近年、画像診断を行う機会の上昇と画像解析能力の進歩で偶発発見例が非常に増えています。MRA検査のみでは迷うケースも元画像やCISS法を組み合わせると解離腔が証明され、無症候性および軽度頭痛の原因が解離性動脈瘤であったケースの多さに驚きを隠せません。それほど解離性動脈瘤は存在します。
⑤神経麻痺:
解離腔が大きく、近傍部を走行する神経を圧迫する場合には神経麻痺が生じます。外転神経麻痺の原因が解離腔の圧迫であるケースも散見されるため、MRI・MRA・MRA元画像・CISS法は不可欠な検査となります。
上述した5つのパターンのうち⑤の解離腔が大きく外転神経麻痺として発症するケースが散在されます。解離性動脈瘤は①②③の発症形式で症状が激烈ですと医療機関を受診し、MRAなどの検査を受ければ診断がつく例が多いです。一方で発症形式が④のような軽傷例では医療機関を受診せず、診断がつかず自然修復している例が相当数あると言われています。斎藤らの報告では、剖検例で成人人口の約10%に椎骨動脈解離を生じて治癒した痕を認めるというデータもあります。当院における頭痛外来でも軽度頭痛にて来院された方から頭痛の原因が解離性動脈瘤であったケースが相当数存在し、MRAで紡錘状に拡大した血管を見つけた場合は必ずCISS撮影の追加と元画像の確認を行っています。
Gradenigo症候群
中耳炎・外転神経麻痺・三叉神経痛を三主徴とする症候群です。中耳炎は背嚢を伴うケースが多く、CTにて錐体尖端部の膿瘍形成が確認される事が多いです。炎症が中耳から錐体骨に浸潤し、外転神経に波及するようです。しかし近年は感染から生じるGradenigo症候群よりも腫瘍の浸潤によって生じるケースが多いようです。
頭蓋底腫瘍
外転神経は頭蓋底を前方に走りますが、錐体先端部付近で錐体蝶形靱帯と頭蓋底骨によって構成されるDORELLO管を走ります。よって他の外眼筋神経とは異なり蝶形骨洞と密接しています。 よって蝶形骨洞内部に悪性腫瘍が存在する場合は、浸潤の方向によって外転神経麻痺が出現する事が多いです。斜台部に多い髄膜腫や脊索腫は当然ですが上咽頭腫瘍の場合にも外転神経麻痺が出現するケースが多いです。上咽頭腫瘍のよる外転神経麻痺は非常に厚い骨をする直接浸潤ではなく、腫瘍が破裂孔・頸静脈孔へ浸潤し、その近辺を走行する動眼神経・滑車神経・三叉神経な どと共に外転神経麻痺が出現する複合神経障害が多いようです。
Ocular neuromyotonia
Ocular neuromyotoniaとは、不随意的に,あるいは周辺視を持続することにより、特定の外眼筋(群)の収縮が持続する異常眼球運動です。発症機序については動眼神経における異常共同運動との共通性が注目されています。頭蓋内腫瘍性病変のみで本症状を発症することは珍しいですが、外来診療では散見される疾患です。原因疾患が不明な特発例も報告されています。非常に特徴的な臨床像から臨床診断が可能なので、「本疾患を知らないと診断できないけれど、本疾患を知っていればsnap diagnosisが可能な疾患」です。
Duane症候群
眼球を外側に動かす筋肉は外直筋です。その外直筋を支配している神経は外転神経ですが、Duane症候群は、外転神経が外直筋をコントロールすることができず、動眼神経が外直筋を支配するためにおきる疾患です。
症状)
片眼の外転障害があり、内転は正常の場合が多いのですが、内転障害を伴うケースもみられます。Duane症候群の8割以上がこの型だといわれます。また内転を行うと、瞼裂狭小といい瞼が小さくなったり、眼球後退といい眼球が凹みます。眼瞼下垂に似た症状が出て偽眼瞼下垂と呼ばれます。
正面視で斜視が強く、顔を回してものを見るなど頭位異常が現れている場合は手術の対象となります。
外転神経麻痺に見える内斜視
外転神経麻痺が起きれば眼位は内方に向かうため内斜視になります。斜視には共同性か麻痺性かの違いを最初に見分けなければなりませんでした。復習になりますが、
共同性斜視:共同性斜視とは眼球を動かす筋肉のバランスが悪く、両眼の視線が一点に向かわず、片方の眼は目標とする方向に正しく向いているが、もう片方の方が目標とする方向からずれている状態です。
麻痺性斜視:麻痺性斜視とは眼球を動かす筋肉が麻痺してしまい、両眼の視線が一点に向かわず、片方の眼は目標とする方向に正しく向いているが、もう片方の方が目標とする方向からずれている状態です。
確認するべき事は、両眼での側方視は外転制限が認められ一見、外転神経麻痺に見えてしまいますが片眼を遮閉して側方視した場合に外転制限がかからなければ内斜視です。また眼位のずれも共同性となるので注意しましょう。
Hornarを合併した外転神経麻痺
外転神経麻痺眼の瞳孔が対側と比較して小さく、対光反射は正常です。
神経虚血
これらが全て否定出来たら虚血性の神経麻痺と考えます。虚血性神経麻痺の特徴としては
①40歳以上の発症
②高血圧・糖尿病・高脂血症・喫煙など虚血を引き起こす原因がある
③急性発症(起床時に気づくことが多い)
などがあります。あくまでも神経虚血の診断は他疾患の除外が基本です。画像的な証明は不可能です。MRIのCISS撮影を行い、神経一本一本を描出したとしても急性期脳梗塞のDWIのような高信号域が神経一本一本に描出される訳ではありません。1mmにも満たない神経の虚血性変化は恐らくミクロンの変化です。画像解析度が現在の技術の1万倍ほど高画質になれば可能かもしれませんが、現時点では画像的証明も血液検査学的証明も不可能です。しかしながら学問的には面白い分野ですので神経の支配血管を解説します。(解説したところで何ら診断や治療には役立たないのです。解剖が好きな方と血管内治療専攻する方しか興味を示さない内容です)