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動眼神経麻痺-疾患編-
概要
動眼神経の走行は、動眼神経核→脚間窩→後大脳動脈と上小脳動脈の間→内頚動脈-後交通動脈の脇→海綿状脈洞(内頚動脈の脇)→上眼窩裂→眼窩内となります。これら走行上ルートを全て確認していく必要があります。また後述しますが、走行ルートに出来る疾患以外に全身疾患の問題も鑑別する必要があります。
動眼神経麻痺の原因
JAMA Ophthalmol. 2017;135(1):23-28.を参考にしますと、原因として微小血管障害が最多で42%、外傷12%、腫瘍11%、脳外科術後10%、動脈瘤6%、その他5%(海綿静脈洞のdAVF、帯状疱疹、がん性髄膜炎、偏頭痛、海綿静脈洞血栓症、ウイルス感染後麻痺)、脳卒中4%、原因不明4%、下垂体卒中2%、Tolosa-Hunt症候群2%、側頭動脈炎1%となっています。圧倒的に微小循環不全が多いのですが、その他の原因が命に関わる疾患ですので精密検査を行わず微小循環不全などと診断をつけてはなりません。最低でも動脈瘤精査を行うためMRI精査は必要不可欠です。
各論-頭蓋内疾患-
頭蓋内疾患を疑い確認しなければならない部位は、動眼神経核が存在する脳幹です。脳幹は中脳・橋・延髄から構成されます。動眼神経核は中脳に存在します。
脳幹部病変で考えなければならない疾患は
脳幹部梗塞
脳幹部出血
脳幹部腫瘍
脳幹部感染
脱髄性疾患
などの疾患です。それぞれCTやMRI撮影で診断は可能です。
中脳部に出血や梗塞が起きた場合は以下の特定の名称がつけられています。
Benedikt syndrome
Weber syndrome
Claude syndrome
Nothnagel syndrome
いずれも動眼神経核が存在する中脳の障害です。その原因は脳梗塞であれ脳出血、脳腫瘍など様々な理由でありますが、要は中脳に病変が生じた時にみられる症状です。
各症状
・Benedikt syndrome
(動眼神経麻痺、対側不全麻痺、振戦)
動眼神経が赤核を通る部位で出血や梗塞によって障害された場合にBenedikt syndromeといいます。病側の動眼神経麻痺・対側不全麻痺・錐体外路性の不随意運動(振戦やアテトーゼ)などが起ります。
・Weber 症候群
(動眼神経麻痺、対側不全麻痺)
大脳脚の障害です。動眼神経麻痺および対側半身不全麻痺を起こします。
・Claude症候群
(動眼神経麻痺、対側小脳失調)
中脳下部赤核が侵された場合に生じる病側の動眼神経麻痺と、対側小脳失調を特徴とします。
・Nothnagel症候群
(動眼神経麻痺、対側小脳失調、対側眼球運動障害)
中脳蓋の障害で生じる一側の動眼神経麻痺と対側小脳失調症に加え、対側の眼球運動障害を特徴とします。
各論-くも膜下腔疾患-
脳幹部より動眼神経が出るとくも膜下腔を走行します。くも膜下腔には脳血管が複雑に走行しており、その合間を動眼神経が走行しているため血管に異常を来すと場合によっては神経に接触してしまいます。代表的な疾患が動脈瘤です。動脈瘤以外にも、例えば、腫瘍がくも膜下腔に発育し動眼神経を圧迫したとしても動眼神経麻痺は出現します。
・脳動脈瘤
動脈瘤自体が動眼神経を圧迫して動眼神経の症状を呈するものは、内頚動脈-後交通動脈分岐部動脈瘤が最多です。次いで海綿静脈洞内動脈瘤、上小脳動脈-後大脳動脈分岐部動脈瘤の順となります。解剖学的な意味合いから内頚動脈-後交通動脈分岐部動脈瘤、上小脳動脈-後大脳動脈分岐部動脈瘤は動眼神経の単独麻痺で発症しますが、海綿静脈洞内動脈瘤は海綿静脈洞外壁を走行する動眼神経以外の滑車神経や外転神経障害を呈し、各々の複合神経障害として現れる事が多いです。
(特徴)
さて動脈瘤による動眼神経圧迫はどのような特徴があるのでしょうか?
動眼神経麻痺を引き起こす代表的な疾患である糖尿病と比較してみます。動脈瘤によって動眼神経の外側からの圧迫症状である動眼神経麻痺はある特徴を持ちます。動眼神経の働きを考えると①瞳孔調整②開眼③眼球運動の3つです。それぞれ障害されると①散瞳②眼瞼下垂③眼球運動障害の3つの症状が出現するはずです。しかしながら動脈瘤による動眼神経の圧迫症状は①散瞳の症状が前面が出やすく、逆に糖尿病が原因の動眼神経麻痺は散瞳が見られにくいことが知られています。これは縮瞳に関わる副交感神経が、動眼神経の周辺部分を走行していることに起因します。つまり動脈瘤などの外側からの圧迫では、動眼神経の外側周辺部分に存在する縮瞳に関する神経が強く損傷されるため、当然ながら散瞳といった症状が強く現れます。一方、糖尿病によって引き起こされる動眼神経障害は、神経束の辺縁は障害されにくいようです。そのため糖尿病性動眼神経麻痺は、瞳孔は散大することなく対光反射も比較的よく保たれる一方で、②眼瞼下垂が目立つという特徴があります。動脈瘤圧迫による動眼神経麻痺は緊急手術の対象ですので、動脈瘤が疑われるような場合は即座に脳神経外科に紹介することが勧められます。散瞳が前面に出現している場合は、緊急で脳神経外科医にコンタクトするべきです。動脈瘤によって出現した動眼神経麻痺の治療ですが、開頭クリッピング術を施行する方が血管内治療に比べて回復率が高いようです。
以下のMRI画像からも分かるように動眼神経と内頚動脈-後交通動脈分岐部動脈瘤、上小脳動脈-後大脳動脈分岐部動脈瘤位置関係を考えると動眼神経麻痺が出現する理由が分かります。また海綿静脈洞部では複合神経麻痺を生じる理由が分かるかと思います。
・鉤ヘルニア・腫瘍などによる圧迫
動脈瘤と同じく圧迫による動眼神経麻痺なので動眼神経の外側に存在する縮瞳に関する神経が強く損傷されるため、当然ながら散瞳といった症状が強く現れます。ただし鉤ヘルニアが出現した場合は相当の脳圧亢進状態であるので意識障害が前面に現れていて、脳神経外科にコンタクトを取る事に迷いはない状況です。ただし「飲酒者の頭部外傷は必ずCT撮影を行う」は一理あります。飲酒者の頭部外傷は意識障害が出現していなくても驚くほどの血腫が認められる場合があり、私自身何度もCT画像に絶句した経験があります。意識障害が認められない場合でも、散瞳している場合は必ず頭部精査を行うべきです。
くも膜下腔に存在する腫瘍によって動眼神経が圧迫されれば動眼神経麻痺としての症状が現れます。CT・MRI撮影で診断は容易です。ただし外転神経麻痺の項目で記載しますが、腫瘍の髄液播種による神経麻痺の診断は非常に困難です。過去に20代男性の右方視による複視を診察しました。HESSチャート上異常もなくCT・MRI(CISSも撮影)異常所見認めず経過観察としましたが、診察翌日には複視悪化で再診。外転神経麻痺が出現していました。先行感染や熱発、体重減少などもありませんでしたが、脱髄性疾患
・その他
動脈瘤やヘルニアなどによる動眼神経の直接圧迫ではなく、様々な機序により動眼神経麻痺を呈するケースも経験することが多いかと思います。Foxらは、脳動脈瘤が動眼神経麻痺を起こす機序を「直接的なもの」と、「間接的なもの」に分類しています。直接的な圧迫の機序として、①脳動脈瘤による圧迫②動脈瘤からの出血による神経線維の損傷③脳底動脈瘤破裂による中脳への出血④巨大脳底動脈瘤の圧迫による動眼神経核や神経線維の損傷を挙げています。一方で間接的な圧迫の機序として①頭蓋内圧亢進②脳血管攣縮③中脳出血あるいは中脳梗塞を挙げています。
虚血による動眼神経麻痺
動眼神経も当然ですが、正常に機能するためには栄養が必要です。栄養は他の臓器同様に血管からの血流によって供給されます。その血流が途絶えてしまった結果、動眼神経としての機能を行えなくなる動眼神経麻痺が「虚血による動眼神経麻痺」です。
糖尿病、高血圧、アテローム硬化性病変などの動脈硬化など虚血を起こす原因は様々ですが、最も代表的な原因疾患は糖尿病です。糖尿病によって引き起こされる末梢神経障害は有名で、糖尿病性ニューロパチーと呼ばれています。血糖の高い状態が慢性的に持続すると、手足の神経や脳神経などの末梢神経が障害されます。糖尿病による神経虚血によって引き起こされる眼球運動障害は、動眼神経が障害されることが最も多いと言われ、次いで外転神経、滑車神経といわれています。多くは急性に片側性に発症します。動脈瘤によって動眼神経が圧迫された結果生じる動眼神経麻痺は眼瞼下垂の症状よりも散瞳の症状が強いのに対して、糖尿病による動眼神経麻痺は散瞳は起きません。また対光反射も保たれるという特徴があります。動眼神経には「開眼」「眼球運動」「縮瞳」の機能を携わりますが、縮瞳に関わる動眼神経副交感神経は、動眼神経中の周辺部分を走行していることに起因します。つまり動脈瘤などの外側からの圧迫では、動眼神経の外側に存在する縮瞳に関する副交感神経が強く障害されるため、散瞳といった症状が強く現れます。一方、糖尿病によって引き起こされる虚血性動眼神経麻痺は、神経束中心部の障害が強い一方で辺縁は障害されにくいようです。剖検例においても動眼神経に脱髄性所見が動眼神経の中心部でのみ認められ、動眼神経辺縁部は障害されていなかったようです。予後は良好で2~3週以内に回復し始め、3~ 4カ月以内に完全回復するといわれています。糖尿病コントロール以外に、プロスタグラン人E1投与の有用性の報告があります。
各論-脱髄性疾患-
ギラン・バレー症候群
典型的な症状として上気道感染や下痢を伴う胃腸炎に感染後1~2週間後に手足の痺れ、脱力といった症状が出現します。その後2週間のあいだに急速に症状が進行し、歩行不能、四肢麻痺、呼吸不全などに陥ることがあります。約半数の人に顔面神経麻痺、複視、嚥下障害といった脳神経障害を生じることがありますが、複視単独の症状で外来受診するケースは稀かと思われます。一方でギラン・バレー症候群の亜型にフィッシャー症候群という疾患があり、特徴は外眼筋麻痺、運動失調、腱反射消失を認めます。複視、ふらつきが多くみられ、四肢筋力低下は認められないケースが多いため複視を主訴に外来受診する可能性は有ります。他に眼瞼下垂、嚥下・構音障害、瞳孔異常、顔面神経麻痺、しびれ感などの四肢異常感覚が代表的な症状として挙げられます。診断には脳脊髄液検査における蛋白細胞解離は有名ですが、発症早期にはみられないことが多いようです。診断医は抗糖脂質抗体が有用です。中でもIgG抗GM1抗体の陽性率が高いです。80~90%の症例で急性期血清中にIgG抗GQ1b抗体が検出されます。
各論-海綿静脈洞・上眼窩裂・眼窩先端部-
上眼窩裂症候群、眼窩先端症候群、海面静脈洞症候群
(構造から理解する症状)
頭蓋内から眼窩に神経が入る際に海綿静脈洞ー上眼窩裂ー眼窩先端部とすすみます。各々の部位で走行する神経・血管が異なるため部位によって発現する症状が異なります。まずは海綿静脈洞ー上眼窩裂ー眼窩先端部に走行する神経・血管を理解すると出現する症状の理解が得られます。ただし解剖学的に各々非常に近接しており、原因疾患も共通しているため同じ疾患範疇として捉えるべきとされています。いずれも脳神経と血管が複雑に密集走行しているため神経麻痺も単独で生じることは少なく、複合神経障害として現れる事が多いです。
上眼窩裂:
上眼窩裂とは下図のように眼窩に通ずる骨の穴です。ここには以下の神経および血管が走行します。動眼神経・滑車神経・外転神経・涙腺神経(V1)・前頭神経(V1)・鼻毛様体神経(V1)です。つまり上眼窩裂症候群という疾患では、これらの神経障害が出現します。
下眼窩裂:
下眼窩裂とは下図のように眼窩に通ずる骨の穴です。ここには以下の神経および血管が走行します。眼窩下動脈・眼窩下静脈・下眼静脈・翼口蓋神経節からの上顎神経への枝・眼窩下神経(V2)・頬骨神経(V2)です。
視神経管:
視神経管とは下図のように眼窩に通ずる骨の穴です。ここには以下の神経および血管が走行します。視神経・眼動脈
眼窩先端部:
眼窩先端部とは上眼窩裂と視神経管を合わせた部分です。つまり動眼神経・滑車神経・外転神経・涙腺神経(V1)・前頭神経(V1)・鼻毛様体神経(V1)+視神経・眼動脈の障害が現れるのが眼窩先端部症候群です。特に総腱輪の中に走行する神経の障害が現れやすいです。また眼科内部の圧が上昇する場合が多く眼球突出が合併する事が多いです。
総腱輪:
総腱輪とは下図の丸で囲んだ部分です。眼窩先端部は6つの外眼筋のうち4つの腱が総腱輪を形成しています。
海綿状脈洞症候群:
海綿静脈洞は以下の図の如く①動眼神経②滑車神経③外転神経④三叉神経第1枝⑤三叉神経第2枝⑥交感神経が走行します。そのため出現する症状は
①動眼神経
②滑車神経
③外転神経
④三叉神経第1枝
⑤三叉神経第2枝
⑥交感神経
の症状が出現します。しかし実際には同時に全ての神経症状が出現する訳ではありません。海綿静脈洞に起こりうる疾患(腫瘍・感染・炎症・脳動脈瘤)により原因は様々ですが、神経の圧迫性障害は、疾患が進展する方向によって症状が変わります。
例えば①動眼神経②滑車神経④三叉神経第1枝⑤三叉神経第2枝は海綿静脈洞の外壁硬膜内を走行しており、外転神経のみ海綿静脈洞内を走行しています。そのため内頚動脈動脈瘤など内部からの進展圧迫では外転神経が最初に障害を受けます。これは多発脳神経障害全般に言えることですが、病初期から全部の脳神経麻痺がそろうことはありません。教科書通りの全ての症状が出揃ってから初めて外来に受診するような人は現代の日本ではありえないのではないでしょうか?多くの方は何か一つの神経症状が出現した時点で不安になり外来を受診すると思います。
上眼窩裂症候群 :
上眼窩裂は蝶形骨により構成されており、内部には
①動眼神経
②滑車神経
③外転神経
④三叉神経第1枝および上眼静脈
が走行しています。後方は海綿静脈洞、前方は眼窩先端部となります。海綿静脈洞症候群と同様に同時に全ての神経症状が出現する訳ではありません。
眼窩先端症候群:
眼窩先端部は上眼窩裂に視神経管となります。視神経管には視神経および眼動脈が走行しています。つまり眼窩先端部症候群は上眼窩裂症候群に視神経管障害が加わったものです。