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予防治療
予防治療とは
今までお話ししてきた内容は片頭痛の発作が起きた際に、その発作をいかにして鎮めるかという治療のお話です。急性期治療と呼んできました。これらは起きてしまった発作を出来るだけ早くコントロールして日常生活へ戻るためのお手伝いであり、残念ながら発作そのものが起きなくなる治療ではありません。今からお話しする内容は、発作自体の数を減らすための治療です。未然に防ぐ治療になりますので予防治療といいます。ただし片頭痛の発作頻度がの方ですと、発作を予防するために毎日お薬を内服するのは大変な上にメリットが少ないです。そこで次のような例で予防治療を検討しています。
1片頭痛発作の頻度が多い
『慢性頭痛の診療ガイドライン』では『片頭痛発作が月に2回以上ある患者では予防療法の実施について検討してみる』事が勧められています。
2急性期治療治療がうまくいかない場合
自分にあった屯用薬が見つからない、使えない、発作が睡眠中に起こり服用のタイミングがうまくとれないなど急性治療が行えない場合に予防治療を行います。
3特殊なタイプの片頭痛の場合
脳幹性前兆を伴う片頭痛や片麻痺性片頭痛など特殊な片頭痛は予防治療で対応していきます。
4薬物乱用頭痛の場合
連日の薬の内服が必要になるため患者自身が予防薬の必要性をどの程度望んでいるのか確認する必要があります。また多くの予防薬は効果が発現するまでに数週間~数カ月の時間を要するので予防療法を適応する際には、患者に十分説明する必要があります。予防療法を開始する際には、エビデンスに基づき、副作用が少ない薬剤を低用量から始めるべきです。個々の薬効判定には少なくとも2ヶ月の観察を行う必要があります。またなるべく飲みやすい形状、内服回数が少なくなるよう気をつける必要があります。
①カルシウム拮抗剤
カルシウム拮抗薬とは高血圧治療使用されるお薬なので使用実績の大きく安全性が高いお薬です。実際には何十種類のカルシウム拮抗薬がありますが、片頭痛予防に用いられているお薬はロメリジン(テラナス・ミグシス)というお薬です。ロメリジンの特徴は脳血管に対し選択的に作用するため全身的な血圧降下作用をほとんど示しません。副作用は少なく眠気(0.3%)、めまい、ふらつき、吐き気、などがあらわれる事があります。その他、群発頭痛で使われるベラパミル塩酸塩は片頭痛予防薬としても使われます。徐脈, 心抑制,重度便秘,イレウスに注意する必要があります。
②抗うつ剤
抗うつ剤は頭痛に限らず、神経障害性疼痛など様々な痛みをコントロールするメカニズムがあるとされています。そのため多くの使用実績があります。片頭痛の予防薬では、三環系抗うつ薬と言われるアミトリプチリン(トリプタノール)が有用です。『慢性頭痛の診療ガイドライン』ではアミトリプチンを低用量(5~10mg/日,就寝前)から開始し,効果を確認しながら10~60mg/日まで漸増する事がグレードAで推奨され ています。慢性頭痛患者はしばしば抑うつ状態を併発している事があります。しかし臨床的に抑うつ状態に無い症例においても,アミトリプチリンの頭痛予防効果がみとめられるようです。主な副作用としては、眠気、口渇、便秘、排尿困難などがあるためしっかりと経過を診ていく必要があります。その他塩酸ミルナシプラン、デュロキセチン塩酸塩を使用することもあります。
③抗けいれん剤
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バルプロ酸
抗けいれん剤とは名前の通りけいれん、てんかん発作を予防するお薬です。先程の高血圧のお薬同様に使用実績が多いお薬です。また多くの種類の抗けいれん剤がありますが、片頭痛予防で使用されるお薬の代表はバルプロ酸(デパケンなど)です。欧米では片頭痛治療薬として約20年の使用経験が蓄積されており第一選択薬のひとつです。日本でも2010年10月29日より片頭痛に対してデパケン®が保険適用可能となりました。『慢性頭痛の診療ガイドライン』では400mg~600mg/日がグレードAとして推奨されています。
(副作用)主な副作用として、傾眠・眠気・肝機能障害・吐気・嘔吐・体重増加・失調などが報告されています。その他、ヒト胎児で催奇形性や胎内暴露によるIQの低下が示されています。つまり妊娠の可能性がある場合は片頭痛予防を目的とした投与は容認されません。妊娠、妊娠の予定がないが、妊娠可能な女性に使用する際には,投与量 1,000mg 以下・血中濃度 70ug/ml 以下・徐放錠使用・他の抗てんかん薬と併用しない注意が必要です。また400μg/日の葉酸を摂取するよう推奨されています。しかしながら体重増加といった副作用もあり女性にはあまり好まれないお薬です。
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トピラマート
同じく抗痙攣剤のトピラマートは,バルプロ酸とほぼ同等の有用性が示されています。海外での評価の高いトピラマートは、体重減少の副作用がありますが、日本では片頭痛の保険適応とはなっていません。
④β 遮断薬
β遮断薬は主に高血圧,冠動脈疾患,不整脈治療薬として使用されているお薬です。1960年代から使用されている大変実績のあるお薬で脳卒中、虚血性心疾患の予防実績は多大なるものがあります。代表的なお薬はプロプラノロールです。『慢性 頭痛診療ガイドライン』でも第一選択薬のひとつとして推奨さ れており、20mg~60mg/日の用量が使用されています。妊婦にやむをえず予防療法をおこ なう場合はプロプラノロールが選択されています。
(副作用)徐脈といって心拍数の低下・血圧低下・動悸・失神・喘息誘発・などがあります。そのため喘息を持っておられる方・心不全をお持ちの方・抑うつ状態の方には使用できません。
⑤アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬・アンギオテンシン受容体遮断薬薬(ARB)
ACE阻害薬とARBは副作用が非常に少ない降圧薬として広く高血圧治療に使用され実績も多いお薬です。高血圧の治療のためにACE阻害薬を服用した患者さんに、片頭痛の頻度や程度の軽減が認められました。片頭痛と高血圧症が併存する場合、これらの薬剤の積極的な使用が勧められています。
⑥漢方製剤
漢方薬は有効性についての科学的な実証が不足しているが、経験的・伝統的に使用されています。急性期・慢性期どちらにも使用されます。慢性的に頭痛が出現しやすければ定期的に常用することで発作がおこりにくくなり完治に向かいます。『慢性頭痛のガイドライン』では呉茱萸湯・桂枝人参湯・釣藤散・葛根湯の4種類が紹介されています。
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呉茱萸湯
冷え症の人の繰り返す片頭痛に有効と言われています。特に吐き気がともなうときに適しています。また緊張型頭痛にも使われます。消炎解熱鎮痛薬を使いにくい方に使いますが、大変苦いです。
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桂枝人参湯
胃腸が弱い人の頭痛や動悸に用います。
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釣藤散
慢性的な頭痛、めまい、肩こりなどに使用。 高血圧傾向の緊張型頭痛にも用いられます。
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葛根湯
かぜの薬として有名な「葛根湯」です。「葛根湯」は、発熱がなくても、慢性頭痛、なかでも緊張型頭痛や、肩こりの治療でもよく処方される薬です。
いつまで予防薬を続けるか
慢性頭痛のガイドラインには『予防療法の効果判定には少なくとも2ヵ月を要します。有害事象がなければ3-6カ月は予防療法を継続し、片頭痛のコントロールが良好になれば予防療法を緩徐に漸減し、可能であれば中止が勧められる』と記載されいます。
予防薬と体重増加
予防薬が効果的で、片頭痛が改善されることは大変喜ばしいことです。しかし頭痛からの開放、嘔気・嘔吐といった症状もなくなり食欲亢進・体重増加の傾向が多く認められます。また片頭痛予防薬バルプロ酸、アミトリプチリン、プロプラノロールにも体重増加の報告があります。ロメリジンは体重に影響を与えません。海外での評価の高いトピラマートは、体重減少の副作用がありますが、日本では片頭痛の保険適応とはなっていません。