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9-5
アルツハイマー型認知症ー周辺症状ー

周辺症状について

周辺症状について

アルツハイマー型認知症の症状は大きく分けて

①中核症状  と

②周辺症状  に分けられます。

①中核症状とは認知症によって、脳の細胞が死滅する、脳の働きが低下することによって直接的に起こる記憶障害、見当識障害、理解・判断力の低下、実行機能障害、言語障害(失語)、失行・失認などの認知機能の障害を中核症状と言います。

一方で

②周辺症状とは取り巻く環境などに影響して現れる妄想、抑うつ、興奮、徘徊、不眠、幻覚、意欲の低下などの精神機能や行動の症状の事を言います。この周辺症状は初期のアルツハイマー型認知症の70%近くに出現します。その後3年の経過観察で周辺症状を呈さない例は8%に過ぎないと言われています。次はこの周辺症状について解説します。

アルツハイマー型認知症は、認知機能障害の進展を基盤に付随した様々な症状が出現します。感情・意欲の障害・妄想・幻覚・徘徊・興奮・暴言・暴力などが多いです。まだ認知機能障害が軽度な状況で、不安感や自責の念から抑うつ、それに対する意にそぐわない対応に向かう易怒性が生じます。答えられない質問に対する「取り繕い」の態度は、自身が認知症が始まった事を他人に悟られたくない反応です。日常生活に支障が生じる頃から、もの盗られ妄想が出現します。着衣や入浴など日常生活への介護が必要な状態になると、介護への抵抗や暴言・暴力が始まるケースがしばしばみられます。さらに進行すると異食や便コネなども出現します。その後は言葉も発さない無言無動症や車椅子の状態となり、介護者を困らせてきた周辺症状は逆に軽減します。以下各々の周辺症状を解説します。

A アパシー・うつ

アパシーとは、日常のあらゆる事象や自分自身に対してやる気や関心が失われていく、いわゆる「無気力」に陥る状態です。アルツハイマー型認知症では比較的初期から自発力の低下やアパシーといった症状が認められます。認知症に至る前のMCIの時期から、うつを合併する事が多いです。病期が進行していくと、自身の病識の欠落とともにうつの頻度は減少していきます。うつとアパシーは鑑別が困難なケースがあります。うつは、気持ちが沈みがちになり、誇張的な回答が目立ちます。一方で、アパシーは、気分が落ち込むようなこともありません。何事にも関心を示さず、常にフラットな状態なのです。うつ状態でみられる悲哀感,罪責感、自責感、不眠などがみられません。アパシーに確立した薬物療法はありません。アルツハイマー型認知症の治療薬であるドネペジル塩酸塩は感情、行動、意欲改善効果があります。またSNRIのミルナシプラン(トレドミン)あるいはデュロキセチン(サインバルタ)はアパシーに有効な可能性があります。他アマンタジン(シンメトレル)は脳梗塞後遺症でみられる意欲減退に効果を示すため、血管性認知症、あるいは脳梗塞を伴うアルツハイマー型認知症にみられるアパシーに使用すると効果が期待されます。

B 易刺激性・焦燥

アルツハイマー型認知症の初期は易刺激性や焦燥が現れます。 易刺激性・焦燥とは些細なことで不機嫌になったり、簡単なことで怒りだす、などの症状です。これらの症状は、認知症に至っていない軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment,以下MCI)の時点からみられます。病初期には周囲の方々は認知症と気づかずに「最近性格が変わった」「妙に怒りっぽくなったな」などと言われているケースが多いです。また、ご家族がかかりつけ医に相談しても認知症診療を行っている医師でなければ、診断に至らずに加齢と片付けられて困惑しているご家族も多いです。易刺激性や焦燥は経過とともに悪化し、内容自体が周囲には理解できない内容にも変わります。病状が進行し、着衣、入浴、排泄などの身体ケアが必要となると、身体接触を認容できず、暴言、暴力、介護への抵抗などに発展することが多くなります。病初期から性格変化とともに暴言・暴力などの攻撃的行為が前面に現れるようなケースはアルツハイマー型認知症よりむしろ前頭側頭型認知症を疑います。

C 妄想(もの盗られ妄想・被害妄想・嫉妬妄想)

妄想とは、病的な思考基盤から導かれる誤った思いこみの事です。病的な思考基盤が確固たる妄想の理由になるので、本人にとってみれば妄想ではなく確固たる事実になります。内容の不合理性や矛盾を他人が訂正することは出来ません。いくら矛盾に対して懇切丁寧に理論的に説明しても平行線を辿るか、言い争いになります。アルツハイマー型認知症では最も頻繁にみられる症状のため、ご家族からの相談も多いです。具体的にどのような妄想が多いかと言えば、以下に挙げられます。

 

①もの盗られ妄想

 

物盗られ妄想とは財布、通帳、印鑑など大切にしているものを収納した場所を忘れ、周囲の者が盗んだと思い込みます。盗んだ相手は泥棒であったり、近隣住人の場合もあれば、身近な家族など介護者に敵意が向かうことがあります。「泥棒が財布を盗む」「お隣の住人に毎日鍵を隠される」「実印を息子が盗んだ」「ヘルパーがいつも冷蔵庫の中の食品を食べてしまう」などと、対象になる相手や、その周囲の人に訴えます。根本的な要因は認知症による記憶障害です。記憶障害によって保管場所が分からなくなる。次に判断力の低下が加わり、他人の責任で解決しようとする。加え、認知症の症状を認めたくない不安やご家族との関係が妄想に拍車をかけます。特に軽度の記憶障害が出現していた時期に、ご家族が苛立ちを叱責する、などの対応を行っていた場合に発現する事が多いようです。財布をどこかに置き忘れて見当たらない、でも自分の記憶障害を認めたくないとなれば、結論として「誰かが盗んだ」と解釈されます。また本人にとってみれば確固たる事実に基づいた行動のため、更に大事なものを複雑な場所に隠します。当然、見つけることが出来ず、妄想に発展します。もの盗られ妄想は女性に多い妄想です。一方で次に解説する嫉妬妄想は男性に多いです。もの盗られ妄想が進行すると近隣住人とのトラブル、警察への度重なる電話などに発展するため、必ず認知症に理解の深い医師に相談しましょう。

対応法

最初から自分の家族の妄想に扱い慣れた人なんていません。最初は否定し、一生懸命説明します。しかしながら、全くの平行線を辿り、言い争いになり疲れ果てます。私もそうでした。何度も記載しますが、妄想は病的な思考基盤から導かれる誤った思いこみの事です。病的な思考基盤が確固たる事実になるので、本人にとってみれば妄想ではなく確固たる事実です。どんなに合理的に説明しても納得できるはずはありません。否定も肯定もせず、まずは「大切なものがなくなって困っている」ことに共感して訴えを聞きましょう。一緒に探し、もしあなたが先に見つけた場合は、ご本人がみつけやすいところに置き直し、ご自分で発見してもらってください。先に見つけて「ほら、あったでしょう。泥棒なんていないわ」などと言ってしまうと「自分が盗んでいたから怖くなって見つけたふりをしたんだわ」という新たな被害妄想に陥る可能性もあります。

 

②嫉妬妄想

 

妻や夫が浮気をしているという妄想です。嫉妬妄想は認知症に限らずに認められる妄想でオセロ症候群という名称もついています。「配偶者から裏切られるのではないか」、「大事な相手を失うのではないか」といった恐怖心から根拠のない妄想を膨らませ、嫉妬心が抑えられなくなる症状です。背景には孤独感、不安、自信喪失があることが多いです。病初期、もの忘れの自覚がまだ残っており、認知症による記憶障害と、認知症の症状を認めたくない不安が嫉妬妄想を大きくさせます。人に頼られる存在でなくなっていく悲しみと自分が無価値で迷惑者になっていく寂しさが根本にあります。こうした妄想は、非現実的な訴えなのに、細部は妙に生々しいことがあります。例えば「俺がスーパーに行っている間に20代の男を連れ込み、メロンを食べさせただろう。冷蔵庫に入っていたメロンがなくなっているのが証拠だ」など周囲が困惑することを必死に訴えます。単純に認知症による記憶障害と決めつけて対応してしまうと、自身の根本に存在する認知症の症状を認めたくない不安やメッセージを見逃してしまいます。強く否定してしまうと、「こんな必死に否定するなんて絶対に怪しい」とさらに悪化してしまうこともあります。感情的に反論したい気持ちは理解できるのですが、更なる悪化を防ぐ意味でも、「どうしたの?」と穏やかに耳を傾けたり、「そんなことないですよ」など穏やかに対応したりすると、ご本人も次第に落ち着いてきます。ただし、場合によってはしばしば暴力や殺人にも至るため、早期に発見し、他者の介入が必要となるケースもあります。必ず認知症に理解の深い医師に相談しましょう。

対処法

頼られる存在でなくなっていく悲しみと自分が無価値で迷惑者になっていく寂しさが根本にあるため、「自分は人から頼られ、役に立つ存在だ」という体験をさせると収まりやすいようです。簡単なことでもいいので、家庭内で何かしらの出来ることを確認して役割を与えて下さい。丁寧に関わることが直接的な解決法となります。

 

③見捨てられ妄想

 

「自分は家族に見捨てられた」などと思い込む妄想です。認知症病初期、もの忘れの自覚がまだ残っており、認知症による記憶障害と、認知症の症状を認めたくない不安が強い時期に起こります。頼られる存在でなくなっていく悲しみと自分が無価値で迷惑者になっていく寂しさから、「自分は所詮家族にとって邪魔な存在なんだ」という思い込みが生じ、少しでも家を留守にしたり、家族だけで外出したりすれば「自分はもう必要とされていない」と深い孤独を感じるようになります。この状態になると、家族との信頼関係にひびが入り、部屋に引きこもってしまったり日常生活動作が低下してしまいます。人や社会との関わり合いが減ってしまうと認知症自体も進行します。必ず認知症に理解の深い医師に相談しましょう。

対処法

嫉妬妄想と根本は同じで、頼られる存在でなくなっていく悲しみと自分が無価値で迷惑者になっていく寂しさが根本にあるため、「自分は人から頼られ、役に立つ存在だ」という体験をすると収まりやすいようです。家庭内で何かしらの出来ることを確認し役割を与えて下さい。丁寧に関わることが直接的な解決法となります。

 

④迫害妄想

 

「家族に邪魔者扱いされる」、「介護士にひどい悪口を言われる」、「看護師に殴られた」など、直接的な攻撃を受けていると訴える被害妄想もあります。普段の様子を知らない人や、警察などに訴えられると、虐待を疑われ困ったケースに発展する場合があります。認知症による記憶障害と、認知症の症状を認めたくない不安が強い時期に起こります。認知症による記憶障害によって状況を上手に認識できなくなり、誤解が生じることが原因です。周囲の人が、どう接すれば良いのか分からずに腫れものに触るような対応になったり、不安そうにひそひそと話していたりすると、ご本人が「何か隠し事をしている」、「悪口を言っている」と誤解して妄想に発展します。

これらが代表的な妄想です。更に進行して認知機能が低下すると、妄想の中に実在しない人物を作り出す「妄想性人物誤認症」という症状が出現することがあります。人物誤認とは、実際には知らない相手を旧知の仲と思い込んだり、逆に家族や旧知の友人を知らない人と思い込んだりすることです。人物誤認は、知覚障害の一つとされていますが、妄想的色彩が濃厚です。

 

・カプグラ症候群…身近な人が瓜二つの他人とすり替わったと思い込むことです。

フレゴリの錯覚…他者を別の他者の変装であると確信するものです。たいていの場合は自分を迫害するなどという妄想を伴います。

相互変身症候群…身近な人が相互に変身してしまうという妄想です。

自己分身症候群…自分とそっくり同じの分身がいると確信する妄想です。

幻の同居人…赤の他人が家の中に住んでいると思い込む妄想です。幻の同居人の発生機序は、孤独な状況に置かれた高齢者に幻覚を基盤として中立的立場の「幻の同居人」が登場。孤独から救われたいという願望が投影的な心理機序で働いているのではないかと考えられています。

鏡徴候…鏡に映った自分の姿が認識できずに他人だと思い込む妄想です。

・TV徴候…テレビの世界と現実との区別がつかなくなる妄想です。

 

妄想はアルツハイマー型認知症以外の認知症でも出現します。妄想発現率はアルツハイマー型認知症25%、レビー小体型認知症60%、血管性認知症25%、前頭側頭葉変性症2%、進行性核上性麻痺10%と報告されています。妄想の解説については症状編や他の認知症の編でも解説していますので、重複した内容になるかと思います。しかしながらこれだけ大きな社会問題となっている認知症介護の現場では、妄想の出現はご家族、ご友人、介護者に多くの影響を与えるため医療介入が不可欠となります。医療が介入するにしても認知症診療に長けた認知症専門医でなければコントロールを取るのが困難なケースが多いのが事実です。近隣の認知症専門医にお困りのようでしたらば以下のサイトにて認知症専門医リストを参考にして下さい。また、どのタイプの妄想に対しても一人で抱え込むのは避けましょう。ご家族ならば、被害妄想への対応に限界を感じるのは自然なことです。実際に私もそうでした。認知症の診療に長けた医師に相談し、介護保険申請から担当ケアマネジャーや地域包括支援センター職員などに相談しましょう。早い時期に相談できる相手を確保して、ショートステイの利用などレスパイトの手段を用意して、行政、病院を巻き込み一人で思い悩まない環境を整えましょう。

D 幻覚

幻視)

認知症に伴う周辺症状は妄想に次いで幻覚が多いです。幻聴よりも幻視が多いです。アルツハイマー型認知症では頻度はそこまで多くありません。幻視というとやはりレビー小体型認知症に多発します。視覚認知の障害による幻視と、それに伴う妄想が高頻度にみられます。具体的に多い訴えを下に列記します。

(動物に関するもの)

・猫が部屋の隅にいる

・ヘビがとぐろをまいて布団の上に居座っている

・兎が廊下を走っている

(人に関するもの)

・小さな子供が毎晩部屋の隅にやってくる

・死んだ兄が毎晩やってきて帰ってくれない

・ロシア兵が、銃をもってウロウロしている

・知らない男の人が、ベッドの中に入ってきて帰ってくれない

などが多いです。

見えているものは様々ですが、一般的には小動物や虫、人物が多いです。また多くの場合、動きを伴います。注意が必要なのは、「蛇に見えたが実は紐だった」というのは幻視ではなく錯視です。また「2階にだれかがいる」というのは、幻視ではなく妄想です。人が見える場合、相手を特定することが出来る場合もあれば、特定出来ない場合もあります。「顔がよく見えない」「ぼやけていて名前を聞くのだが、答えてくれない」などと言います。本人にとってみれば、確実に見えていますので、確信を持って家族や医師に説明を行います。実はアルツハイマー型認知症では、幻視が現れるのは、せん妄状態時以外では稀です。幻視が症状の中心の場合は、レビー小体型認知症を疑います。レビー小体型認知症の場合、記憶障害はアルツハイマー型認知症と比較すると軽度です。認知機能が良くなったり悪くなったりするなど変動するの事が特徴です。そして約80%の方に「幻視」、「幻聴」などの幻覚症状が表れます。その他、パーキンソン病と同じく手足の震え、筋肉の硬直が見られたりもします。他にはレム睡眠行動異常症、便秘、頻尿や尿失禁、立ちくらみ、失神などの自律神経症状、うつなどの精神症状が見られることが特徴です。

対応法)

まず介護者は、幻視は本人にとっては本当に見えているということを理解しましょう。頭ごなしに強く否定したり、感情的に対応すると、本人は興奮したり混乱します。次第に妄想に発展してしまったり、抑うつに変化したりします。また認知症における幻視は統合失調症の幻視とは異なり、幻視が危害を加えようとはしないことが特徴です。そのため幻視を見ている本人が怯えている様子がありません。ですので本人が訴えていることさえ受け入れられれば、特別な対処は必要にならないことが多いです。また大抵の幻視は、近づいたり、触ったりすると消えてしまうので一緒に近づいたり、触ったりしても良いでしょう。ただ、おかしいと思ったら早い段階での認知症専門医の受診が大切です。

有効な薬物療法は少ないです。非典型抗精神病薬の使用や抑肝散を使用することもありますが、軽減作用は限定的です。レビー小体型認知症における幻視はドネペジル塩酸塩の投与によって軽減、消失する事例がみられます。

 

E 徘徊

徘徊とは「あてもなくうろうろと歩きまわること」と言われています。「あてもなくうろうろ」と言うのですが、認知症の方が歩き回るには理由がある場合も多いです。

・見当識障害による迷子

見当識障害とは自分のいる場所がわからなくなる症状でアルツハイマー型認知症に多く見られます。自分のいる場所が分からなくなるので、慣れているはずの場所でも道に迷い「徘徊」とみなされてしまうことがあります。

・地誌的見当識障害

高次機能障害を伴わないにもかかわらず、道に迷う状態を地誌的失見当識と言います。認知症の方が家に帰れなくなるのは全般的な認知機能の低下であり、半側空間無視の方が道に迷うのは地誌的情報の処理障害と説明できます。慣れた街並みが分からなくなる街並失認や自己の位置を定位することが困難である道順障害があります。

・自宅の認識障害

記憶障害により、昔住んでいた家に帰ろうとすることもあります。当然ですが、家は見つからずに迷い続け、徘徊とされます。

・過去の習慣の再現

定年退職したにも関わらず会社に出社しようとするなど、昔の習慣が抜けきれず、過去の習慣の再現が「徘徊」とされることがあります。

・家族への不満から

環境や介護に不満があったりすると、衝動的に外出してウロウロ彷徨います。本人にとっては「より心地よい場所を探している」状態です。

このように目的をもって外出し、地誌的見当識障害のために迷子になる徘徊と、自宅や家族の環境を居心地悪いと感じて行う徘徊は、背景にある認知機能障害、心理状態を考えて区別しなければなりません。また前頭側頭型認知症では、決まったコースを毎日同じ経路で歩く症状が高頻度に認められますが、これは徘徊ではありません。周徊といい、アルツハイマー型認知症の徘徊と異なります。

対処法)

徘徊を止めるように説得しても、本人には理由があるので説得に応じるはずはありません。鍵をかけて閉じ込めようが、外出しようとしますので怪我の原因になるだけです。しかし徘徊が交通事故や事件・事故に繋がる危険性があります。まずは外出することから気分をそらす必要があります。運動や趣味を作ることも大事ですし、デイサービスやショートステイを利用するのも気分転換になります。また徘徊を繰り返すのであれば、行動を確認するのもいいでしょう。どこに出かけ、何の行動をするのか、後を追って確認するのも一つです。または一緒に出かけ徘徊に付き合ってみて雰囲気を散歩にするのも一つです。それでも徘徊を止めることは出来ないかもしれません。万が一の時のために、外出することが分かるようにセンサーの設置、居場所を確認出来るように靴の中に小型のGPSを利用するのも手です。また、発見されたときに身分が即座に分かるように持ち物に住所、連絡先を書いておくと発見後の対応が可能となります。外出傾向がある場合は、地域包括支援センターに相談し、事前に登録しておくとよいでしょう。その他にもご近所・地域とは日ごろのお付き合いが大切です。

F 夜間せん妄

せん妄とは軽い意識障害に加えて、幻覚、錯覚、不安、興奮などを伴う意識の変容のことです。急性発症で場所や時間を認識する見当識レベルに異常が生じ、幻覚・妄想などにとらわれて興奮、錯乱などが突然引き起こされます。夕方や夜間にかけて発生することが多く、大半は改善します。

可逆性(元に戻ること)のため診断は容易です。しかし高齢になればなるほど、せん妄だけの問題なのか、背景に認知症があり認知症の一つの症状なのか判断に迷うケースは多いです。せん妄は短期間で回復しますし、急激に悪化もします。認知症の人がせん妄を合併することは散見されるため、「急激に認知症の症状が進行した」ように見えることがあったり、逆に「認知症の症状が改善した」ように見えることがあります。高齢者、認知症患者の方に起こしやすい症状ですが、何かの病気が契機になったり、入院してICUで治療を受けている際に発症したりします。内服薬が原因となる事も多く、バルビツール系、ベンゾジアゼピン系睡眠薬、カルバマゼピン、フェニトインなどの抗痙攣薬、アスピリン系鎮痛薬、ステロイド、抗コリン薬、三環系抗うつ剤、H2受容体遮断薬には注意が必要です。自分と周囲の関係や自分が置かれている状況が正しく認識できずに、落ち着きなく動き回るなど状況に合わない行動をとります。介護者や家族が行動を制止しようとすると激しく抵抗し、興奮状態となり暴言、暴力に繋がる場合もあります。薬物治療をやむなく行う場合、我が国で保険適応があるのはチアプリド(グラマリール)のみとなります。非認知症患者の場合は定型抗精神病薬やベンゾジアゼピン系の薬剤を利用することもありますが、逆にせん妄を悪化させることや抗コリン作用などから認知症に合併するせん妄に対して積極的に使用するケースは少ないです。むしろ鎮静作用の強い抗うつ剤としてミアンセリン(テトラミド)、トラゾドン(デジレル)を使用します。注意する点としてはミアンセリン服用によって、逆に興奮する躁転と呼ばれる状況になる事があります。強力な鎮静を得たい場合は非典型抗精神病薬の使用を考慮します。リスペリドン0.5 ~ 2 mg/ 日 、クエチアピン 25 ~ 50 mg/ 日などの効果が報告されています。漢方薬では抑肝散や釣藤散の効果が報告されています。

G 不安

アルツハイマー型認知症における不安は、記憶障害を自覚する早期から出現します。病初期の認知症では、自分の言動のつじつまが合わないことに気づき、自信を失い、不安感が募っていきます。取り繕ってはみるが、ある程度病識が保たれている間は不安が大きくなります。その結果、何度も同じ質問を繰り返し介護者がこの不安を受け入れて対応するか否かでやさ易怒性、抑うつに向かってい可能性があるため対応を間違わない注意が必要です。対応の原則は、患者さんが安心できる環境を整えることです。家族が気持ちを聞いてくれるだけでも安心に繋がります。また、話しかけ方も工夫し、目を見て優しく接するようにしましょう。叱責やなじる行為は不安の悪化だけではなく、妄想に発展する事があるので避けるべき対応です。 抗不安薬は高齢者において副作用が発現しやすく、過鎮静、運動失調、転倒、認知機能の低下のリスクが高まるため、 原則使用すべきでないと言われています。ベンゾジアゼピン系を主とする抗不安薬は厳密な比較対照試験はほとんど 行われておらず BPSD に対する客観的な評価は得られていないのが実情です。それでも薬物を選択する場合、ベンゾジアゼピン系抗不安薬を選択することが多いです。ベンゾジアゼピン系薬物の多くは肝臓で酸化反応を受けるために薬物動態が高齢者では大きく変化します。抱合や還元反応で代謝を受けるロラゼパム(ワイパックス)は高齢者でもほとんど薬物動態に変化がないとされているため使用しやすい薬の一つです。エチゾラムやクロチアゼパムなどの 短時間作用型では連用後に中断すると反跳性不安が起きることがあります。

H 暴言・暴力

前頭前野は判断力・情動抑制・創造性・理性など人間らしく理性面のコントロールを行う中枢部分です。「前頭前野」が衰えるということは、もの忘れが増えたり、考えることができなくなったり、感情的になったり、やる気の低下などにつながります。認知症の場合、前頭前野が障害されているため、感情抑制が困難となります。また、怒っても上手に表現することができず、暴言・暴力といった行動につながります。アルツハイマー型認知症においても時に暴言・暴力が出現しますが、前頭側頭型認知症においては更に顕著に表れます。怒っている原因を客観的に理解できなくとも、本人にとっては必ず原因があります。このような場合、原因を聞き理解し、その原因を取り除くことが大切です。他の周辺症状と同様に、暴言暴力の根本的な基盤には物事が上手くいかない自分への失望と不安があります。そのような失望と不安が募った時期に、他人から上手くいかない事を叱責されたり、自尊心を傷つけられるような発現を受けますと暴言暴力に発展します。暴言暴力が出現したら、怒った内容をよく聞いたり、状況をよく確認し、不安や怒りの原因を探してみてください。暴言暴力に発展するのは決して介護者を困らせようとしている意思があるわけではなく、認知症という病気の一つの症状であることを理解しましょう。ただ実際に暴言・暴力が現れた際には、少し距離を取り、危険行動がないか見守りましょう。言い争ったり、なだめようとしても感情的になるばかりで得策ではありません。しかしながら身の危険が迫る場合は投薬によるコントロールも一つの手です。暴言暴力に扱い慣れた認知症専門医の受診が大切です。

暴言暴力に効果が期待できる薬剤は抗精神病薬および抗てんかん薬です。速効性を期待するならば抗精神病薬となります。通常認知症の方や高齢者には、抗精神病薬は少量開始が一般的ですが、ご家族に危害を加える場合は緊急性があります。そのような事例では抗精神病薬を高用量から開始し、症状を落ち着かせた後に漸減する方法を選択する場合もあります。

I 性的逸脱行動

前頭側頭型認知症で頻発しますが、アルツハイマー型認知症においても散見されます。脱抑制や社会的認知の障害によって、看護職などに卑猥なことを言ったり、自身の性器を見せたり、性行為を迫るといった性的逸脱行為がみられることがあります。またご家族に性行為を無理強いしているケースも散見されます。家族が戸惑いを感じたり、介護サービスを打ち切られるケースもあるようです。対象となる相手が介護者や看護師ならば発見は早いのですが、配偶者を連日無理矢理といったケースは発見が遅れがちです。他人に伝えにくい内容で、思い悩んでいる方も多いです。初診時から性的逸脱行動を訴えてくることは稀です。何度か診察を行い、投薬内容が決定し治療を続けています。恐らくこの時点では抗認知症薬で改善する事を期待して、性的逸脱行動については触れないでいるのでしょう。しかし性的逸脱行動の治療は抗認知症薬だけでは改善されません。改善を期待しても実際改善されない現状を前に、意を決して「実は先生・・・」といった感じで切り出される事が多いです。性的逸脱行動に有効な対策は少ないです。基本的には「その場から離れる」「毅然とした対応をする」「興味が湧かないように工夫する」といった投薬に頼らない対応が理想的ですが、効果不十分であったり深刻なケースが多いのが実情です。経験的には非定型抗精神病薬によって寛解するケースもありませんが、一定した見解やエビデンスのある治療法がないのが実情です。

J 睡眠障害

夜間のメラトニン分泌上昇と、メラトニン分泌上昇に伴う体温下降が生じることにより人は夜に眠たくなります。しかし加齢やアルツハイマー型認知症によって、概日時計中枢となる視交叉上核の変性が生じてしまい、夜間メラトニン分泌が低下します。それにより不規則な睡眠覚醒パター ンを生じ、一日を通して短時間の睡眠が断続的に生じる睡眠障害を引き起こします。よって多くは日中の睡眠、夜間の覚醒など大きく睡眠リズムが狂います。このような状況に対して ベンゾジアゼピン系睡眠薬ないしそのアゴニストを投与すると、せん妄様の症状を呈したり認知症状が悪化することがあります。また睡眠薬投与自体が認知症状発現リスクに なるとの見解もあるので、厚生労働省からベンゾジアゼピン系(ハルシオン・レンドルミン・サイレース・ベンザリン・ユーロジン・ドラールなど)の睡眠薬投与は行わないように勧告されています。そのようなケースでは、半減期の短い睡眠薬(ゾルピデム)、徐波睡眠の増加作用をもつ抗うつ薬(トラゾドン)、催眠作用を有する少量の非定型抗精神病薬(クエチアピン)などを使用する方が推奨されています。メラトニン受容体作動薬およびオレキシン受容体作動薬に対しては使用を検討しても良いが、有効性や副作用についての科学的根拠は不十分であると記載されています。