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脳疾患を知る

2-3
睡眠時無呼吸症候群

①概要

睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome; SAS)とは、睡眠中に呼吸が止まったり、強いいびきを繰り返し、て体の低酸素状態が発生する病気です。この結果、質の良い睡眠を得られず熟眠感の喪失や日内の継続的な眠気、重症ですと意識障害やもの忘れを伴う疾患です。また高血圧や虚血性心疾患、糖尿病などの生活習慣病を高率に合併し、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血などの脳卒中から心筋梗塞などの虚血性心疾患となり生命予後に影響を与えることが明らかになりました。睡眠時に無呼吸があるということを自身で気づくことは難しく、家族や同僚などに指摘されて初めて分ることが多いという特徴があり、治療が必要な方が多数世の中に潜在していると言われています。以下ような症状がある方は、早めに睡眠時無呼吸症候群の検査を受けることがよいかと思われます。

ご家族からいびきを指摘される
夜間睡眠中によく目が覚める
起床時の頭痛やだるさが多い
日中の強い眠気
記憶が曖昧なことがある

②睡眠時無呼吸症候群の病態

口や鼻から入った空気は肺に送り届けられますが、通り道である上気道が狭くなることが原因の閉塞性睡眠時無呼吸症候群。他には呼吸を調整する脳の働きが低下するために発生する中枢型睡眠時無呼吸症候群もあります。また上述2つのタイプが合併した混合型睡眠時無呼吸症候群があります。

  • 閉塞型睡眠時無呼吸症候群

肥満と大きく関係します。首まわりの脂肪の沈着が多いと上気道は狭くなりやすく、扁桃肥大、舌が大きい、鼻炎・鼻中隔弯曲といった鼻の病気も原因となります。睡眠中は喉の緊張が緩むため,正常でも空気の通り道が細くなります。肥満の人では,喉の脂肪が多いため空気の通りが悪くなるのです。肥満体型でない方でも、下顎骨が小さい、のどの奥の扁桃腺や口蓋垂が大きい場合は空気の通りが悪くなり易く、無呼吸の原因となります。その他、飲酒や睡眠剤の内服は、無呼吸を増加させる可能性があります。

  • 中枢性睡眠時無呼吸症候群

脳の脳幹と呼ばれる呼吸の中枢である場所の呼吸制御機能の異常により発生します。通常、体内の二酸化炭素濃度の上昇(無呼吸が増えると酸素が減って、二酸化炭素が上昇します)に対して、脳幹は敏感に反応します。つまり二酸化炭素が増えれば呼吸回数を増やして二酸化炭素を体外から排出し、酸素の取り込みを促進します。逆に二酸化炭素の濃度が低い場合は、呼吸回数を減らすことによって二酸化炭素を体内に保つように指令します。中枢性睡眠時無呼吸症候群は閉塞性睡眠時無呼吸症候群に比べると頻度は少ないですが、原因が脳腫瘍や心不全の事があります。また、「オンディーヌの呪い」と言われ、目が覚めているとき以外は、呼吸が十分にできない疾患があり死に至ります。

③睡眠時無呼吸症候群の症状

自覚症状)昼間の眠気、起床時の頭痛、倦怠感、集中力欠如、熟睡感欠如、もの忘れ

他覚症状)いびき、睡眠時無呼吸の指摘

いびき      
無呼吸の指摘   
夜間体動異常   
日中の過剰傾眠  
熟睡感の欠如   
全身倦怠感    
夜間頻尿    
夜間呼吸困難感  
起床時の頭痛   
夜間覚醒     
集中力低下    
不眠       

④睡眠時無呼吸症候群の合併症と予後

睡眠時無呼吸症候群が恐ろしい病気と認識される理由は、日内傾眠による交通事故やもの忘れ(平成の2.26事件など)による社会生活の障害ももちろんですが、それ以外のもっと恐ろしい理由があります。睡眠時無呼吸症候群は、睡眠中の低酸素や日中の眠気などによるストレスのために、脳卒中、心筋梗塞などの致死性の高い疾患を増加させることです。その他高血圧、糖尿病の合併率も高いですが、高血圧、糖尿病は当然ですが脳卒中、心筋梗塞の発症リスクを格段に増加させます。

(高血圧の怖さや治療については  https://kuwana-sc.com/brain/category/hypertention/ を参照して下さい)

高血圧や糖尿病は自覚症状が乏しいため放置される方が多いですが、静かに全身血管を蝕みます。自覚症状として現れる頃には終末期の症状として自覚する事となります。終末期の症状とは脳卒中、心筋梗塞、眼底出血、腎機能障害、下肢閉塞性動脈硬化症などの深刻な状況です。脳梗塞を発症し、寝たきり状態や片麻痺の状態になってから過去の不摂生を後悔し、いくら予防治療を開始しても失われた機能は元に戻りません。これらの合併症により、突然死される患者さんもおられます.我が国の睡眠呼吸障害研究会の検討でも明らかに寿命が短いことが報告されています。

(平成の2.26事件)

2003年2月26日、山陽新幹線ひかりの運転士が居眠りをして最高時速280km8分間走り続け、自動列車制御装置ATCが作動し、列車が急停車した事件です。運転士が睡眠時無呼吸症候群に罹患していたことが判明した事件です。

高血圧
薬剤耐性高血圧
心不全
冠動脈疾患
大動脈解離
脳卒中

④−1 SASと高血圧の合併

睡眠時無呼吸症候群の高血圧は、交感神経活動の亢進により引き起こされる神経因性高血圧ともいわれ、血圧変動性の増大を特徴とします。治療抵抗性難治性高血圧の場合(降圧剤を服用しても安定しない高血圧患者)は二次性高血圧を調べます。

(二次性高血圧については https://kuwana-sc.com/brain/1960/ 参照)

原発性アルドステロン症や褐色細胞腫などの腫瘍が発見されるケースが多いですが、同様に睡眠時無呼吸症候群が原因となっている難治性高血圧も多く、わが国の高血圧患者においても約10%に中等症以上の睡眠時無呼吸症候群がいます。治療抵抗性難治性高血圧の場合は合併率は更に上昇します。

SASによる高血圧の特徴

交感神経活動の亢進により引き起こされる神経因性高血圧ともいわれ、血圧変動性の増大を特徴とします。特に重症高血圧や夜間に血圧が上昇するライザー型高血圧が多いです。血圧手帳を必ず早朝、夜間とチェックし夜間高血圧のライザー型が一回は睡眠時無呼吸症候群を考えなければなりません。睡眠時無呼吸症候群の高血圧は心血管疾患の発生リスクが2~3倍であることが知られていますが、発生する時間帯にも特徴が有ります。通常の高血圧患者の心血管系疾患発症時間帯は、朝(6-12時)の発症率が高いのに対し、睡眠時無呼吸症候群合併高血圧は夜間(0-6時)の発症 率が高いことが知られています。夜間睡眠中の高血圧と血圧変動性の増大が大きな原因となっています。

SASによる高血圧の治療

睡眠時無呼吸症候群合併高血圧の治療は、24時間にわたる厳格な血圧管理が必要です。当然ですが、ダイエット・アルコール減量・禁煙を開始。その他睡眠中の体位によって無呼吸の程度が増 減することが報告されており、睡眠中の体位(側臥位) の維持(体位療法)が有効と考えられ、様々な商品が売り出されています。しかし長期的な心血管系合併症予防に対する効果については明らかではありません。AHI(睡眠1時間あたりの無呼吸および低呼吸の合計回数)が20回以上の睡眠時無呼吸症候群患者の治療の第一選択は持続陽圧呼吸CPAPです。しかし、CPAPの適応は中等症~重症の睡眠時無呼吸症候群患者のみである他、器具を装着しての睡眠への抵抗などから、自覚症状がないと治療を受け入れられない患者も多いです。その場合は、降圧剤によるコントロールが現実的ですが、睡眠時無呼吸症候群による高血圧に対する降圧剤のエビデンスを持った薬がありません。一般的な降圧剤としてエビデンスレベルの高い長時間カルシウム拮抗薬、RA阻害剤、少量利尿薬を第一選択薬として交感神経抑制薬も有用あるα1遮断薬ドキサゾシンの就寝前投与を用いる事は理にかなっているかと思われます。しかしながら実際の降圧コントロールは難渋するケースが多いです。

④-2 SASと糖尿病の合併

睡眠時無呼吸症候群と2型糖尿病は肥満や加齢といった共通の危険因子を有しており、相互に合併する率が高いです。

④-3 SASと心不全の合併

心不全患者における睡眠呼吸障害の特徴は,閉塞性睡眠時無呼吸に加え、チェーン・ストークス呼吸を伴う中枢性睡眠時無呼吸を高率に認めます。そして他の危険因子と独立して心不全の発症リスクを高めることが米国の大規模コホート研究で証明されています。

④-4 SASと不整脈の合併

睡眠呼吸障害の約5-10%に夜間の洞徐脈、洞停止、房室ブロックなどの徐脈性不整脈が認められます。他に徐脈性不整脈の合併は睡眠呼吸障害の重症度と相関すると言われており、特に低酸素血症の関与が指摘されています。その他、 睡眠呼吸障害の約3%に心房細動の合併を認めます。また心室性期外収縮、心室性頻脈の合併も認められます。

④-5  SASと脳卒中の合併

脳卒中とは脳梗塞、脳出血、くも膜下出血を代表とする脳の血管の病気の総称です。

(脳卒中については https://kuwana-sc.com/brain/category/stroke/ を参照して下さい)

これら脳卒中は発症して、寝たきりや麻痺を一度持ったら治る事はありません。そのため、いかに脳卒中に陥らないかの予防が重要な観点となります。睡眠時無呼吸症候群は独立して脳卒中の発症リスクとなることが明らかになっています。また脳卒中患者において睡眠時無呼吸症候群の合併は、身体機能低下、脳卒中の再発、生命予後不良の独立したリスクとなります。そのため、徹底した管理が必要といえます。

睡眠時無呼吸症候群による脳卒中の治療

睡眠時無呼吸症候群を合併した脳卒中は、通常の脳卒中治療と心血管リスク管理

(詳細については https://kuwana-sc.com/brain/category/stroke/ を参照下さい)

に加え、CPAP療法を行うことが原則となっています。またエビデンスも確立されています。CPAP治療を行っていない脳卒中患者は、極めて脳卒中再発や心血管リスクが高いことが分かっています。脳卒中二次予防においては、一にも二にも血圧管理が重要です。日本高血圧学会・高血圧治療ガイドライン2009 (JSH2009)が推奨する脳卒中患者の血圧管理目標は診察室血圧で140/90 mmHg未満とされています。しかし、脳卒中二次予防に対する降圧治療の効果を検討したPROG-RESS試験では130/80mmHg未満が目標とされています。また脳出血およびラクナ梗塞(以下を参照)は140/90 mmHg未満より更に厳格な降圧が求められ、現在では一人一人の脳の状態、頚動脈の状態、心臓の状態から腎機能や糖尿病の合併を吟味しオーダーメード降圧治療が行われるのがスタンダードとなっています。過去の「いつものお薬出しておきますね」降圧治療では満足行く予防は難しいです。一般的な降圧剤としてエビデンスレベルの高い長時間カルシウム拮抗薬、RA阻害剤、少量利尿薬を第一選択薬として使用しながらレニン動態やアルドステロンブレイクスルーなどの注意も必要です。

④-6 SASと心筋梗塞の合併

心筋梗塞を代表とする冠動脈疾患は高率に睡眠呼吸障害が合併しています。これまで報告では約 35-40%程度の合併と言われています。その他、大動脈拡張,大動脈解離など大動脈疾患、胸部大動脈解離、肺高血圧症などの合併率が高いことが知られています。

⑤睡眠時無呼吸症候群の診断

①問診

自覚症状や他覚症状から睡眠時無呼吸症候群を疑ったら、なるべくベッドパートナーに同席してもらい、日中眠気・いびき・無呼吸・合併症・交通事故・ニアミス・飲酒・喫煙・睡眠時間・睡眠時のトイレ回数・起床時頭痛の有無・倦怠感など確認します。

②ESS
 

昼間の眠気の評価には、Epworth sleepiness scale(ESS)が主に用いられています。

③スクリーニング

必要に応じてメモリー付パルスオキシメータを用いて夜間睡眠時の酸素飽和度(SpO2)を記録し、酸素飽和度低下指数を評価しスクリーニングします。

④簡易検査

自宅で行える簡易的な検査です。クリニックで申し込みを行いますと、自宅に業者から検査セット一式と返却用包装が届きます。寝る前に説明書に従い、セットしてから寝ます。睡眠中の呼吸回数や呼吸停止回数、酸素飽和度測定を自動で行ってくれます。翌日、返却用包装セットに入れ返送します。結果はクリニックで確認する事が出来るシステムで非常に楽に検査を行えます。簡易検査でAHI(Apnea Hypopnea Index):無呼吸・低呼吸指数が40以上の場合は睡眠時無呼吸症候群の診断となり早急にCPAP等の治療を受ける必要があると判断され治療を開始します。

 

 A 5≦AHI<20:

軽度な睡眠時無呼吸症候群の疑いがあります。眠気などの自覚症状がある場合は、PSG検査を勧めます

 

B 20≦AHI<40:

中等度の睡眠時無呼吸症候群の疑いがあります。この場合は、ポリソムノグラフィー(PSG:Polysomnography)検査が必要で専門医の元で入院して精密な検査が必要となります。

 

 C 40<AHI:

重度の睡眠時無呼吸症候群の診断。CPAP治療開始します。

 

⑤ポリソムノグラフィー(PSG:Polysomnography)

睡眠状態をトータルに評価する検査です。簡易検査の項目に加え、脳波や筋電図・眼球の動きなどを測定することで、睡眠の深さ(睡眠段階)、睡眠の分断化や覚醒反応の有無、睡眠構築、睡眠効率などを呼吸状態の詳細とあわせて検査します。

5≦AHI<20 軽度な睡眠時無呼吸症候群の疑いがあります。眠気などの自覚症状がある場合は、PSG検査を勧めます
20≦AHI<40 中等度の睡眠時無呼吸症候群の疑いがあります。この場合は、ポリソムノグラフィー(PSG:Polysomnography)検査が必要で専門医の元で入院して精密な検査が必要となります。
AHI40以上 重度の睡眠時無呼吸症候群の診断。CPAP治療開始します。

⑥睡眠時無呼吸症候群の治療

扁桃やアデノイドなど耳鼻科的な異常がある患者さんについては、耳鼻科的な外科的処置が必要となります。その他の治療としては、まず生活習慣の改善が勧められます。

・運動を行いダイエットの推奨

・禁煙

・アルコールを控える

・精神安定剤や睡眠薬の制限

・睡眠中の体位

次に重症度の高い方には、睡眠中の気道閉塞を防ぐ治療法(CPAP:シーパップ)を行います。これは、就寝時に鼻に装着したマスクに圧を加えた空気を送り込むもので、安全で長期効果も優れています。マスクを介し気道内に陽圧をかけ、気道の閉塞を防ぐことにより、無呼吸を取りのぞく治療法です。

AHIが20以上で日中の眠気などを認める睡眠時無呼吸症候群では、経鼻的持続陽圧呼吸療法(Continuous posi-tive airway pressure:CPAP)が標準的治療とされています。

文献

①睡眠時無呼吸症候群の診療ガイドライン2020
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