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何故、私が認知症専門医を目指したか
何故このような事を記載するかと言いますと、私自身が介護を行っている当事者だからです。今でこそ認知症専門医・認知症指導医を取得し専門診療を行っていますが、専門医取得を決意する前には様々な葛藤、呻吟、懊悩煩悶を重ねました。当事者あっての経験のため、文字に起こすことも悩みましたが、同じ苦労をしている方には少なくとも同じ思いを共感出来ることもあるかと思います。ここでは認知症専門医を取得するまでの経緯について記載しようと思います。
私は2000年に医師国家試験に合格し脳神経外科を専攻しました。脳神経外科とは外科的な治療をメインとする診察科です。手術及びその前後の管理がお仕事です。外科的な手術の対象となる疾患や手術手技、術後管理については徹底的に学びますが、外科的手術治療の対象から外れる脳疾患について学ぶ機会はありません。変性疾患である認知症は脳神経外科の対象疾患ではありません。医療業界以外の方は、認知症は脳の病気なのだから脳神経外科医も認知症に詳しいものと誤解している思うのですが、実情は異なります。脳神経外科は外科的手術対象疾患が第一です。少しでも早く手術が出来るように、夜中も病院に寝泊まりし切磋琢磨するのが脳神経外科医の若い頃の正しい姿です。そのような中、脳神経外科医の術者としての技量を向上させるため20年間非常に恵まれた環境で、故永田 和哉先生、福島 孝徳教授、上山 博康先生、水谷 徹教授と日本を代表する脳神経外科医に手術手技の指南、薫陶を受けてこられました。
一方で言い訳になりますが、多忙な生活を理由に老いていく両親に会う機会が少なくなっていました。そして自分の両親は認知症とは無縁の存在で、いつまでも元気でいる存在と誤った認識をしておりました。しかし、ある時期を境に違和感を感じる事が現れ出しました。最初は「何か発言がおかしい」「最近、怒りっぽく猜疑心が強くなった」といった漠然としたものでした。「歳を重ねると頑固になるのかな?」程度に流す日々が続いておりました。その状況は少しずつ悪化するのですが、自分の肉親は認知症とは無縁の存在と考えていたために、真っ向から否定や説得を試みて喧嘩になる状況が続いていました。今考えると非常に間違った対応をしておりました。
近所のかかりつけ医に相談したところ、大学病院の脳神経外科を紹介されました。大学病院の脳神経外科の対象疾患を一番理解しているのは自分自身のために、診察して頂いた脳神経外科の先生には非常に申し訳ない気持ちで受診しました。当然といえば当然ですが、優しく「MRI画像上異常はありません。良かったですね」と経過観察となりました。当然ですが、状況は悪化します。近隣住人とトラブル、警察官への度重なる連絡、防犯用品の繰り返される大量購入、自宅の鍵の度重なる交換、謎の探偵から高額な請求発生といった状況から、流石に認知症を疑って精神科を受診しました。しかし精神科では脳梗塞と診断を受け、抗血小板薬という血をサラサラにする薬を処方された時にある疑問が湧きました。「どこを受診すればMRIの画像診断から認知症の的確な診断・治療・サポートを行っているのか?世間は脳神経外科医にそれを求めているのではないか?」と考えました。それまでは、かかりつけ医、心療内科や精神科、または一般内科が適切な診断から投薬、行政から介護の案内を行っているものと考えていました。よく考えてみればCTやMRIといった高度な機材は一般内科のかかりつけの先生が所有しているはずもありませんし、脳神経を専攻しなければ扱うのが困難な機材です。かといって大学病院に受診するのもハードルが高いです。
私の場合は、幸いにも友人に認知症専門医がいたため、的確な診断、治療によって一番辛かった症状は軽減していきました。それでも軽減といった表現の範囲で問題が消失したわけではありませんでした。介護は当然必要です。緊急通報システムの整備などの生活支援、民生委員やボランティア、地域包括支援センター、認知症カフェの利用。全てが初めての経験でした。医師になり脳を専門にしている身分でありながら、脳の疾患である認知症を全く理解しておらず自身を恥じました。同時に自分が認知症の専門医になり、同じ苦労をしている方達に貢献することが、この経験から与えられた使命ではないかと感じるようになりました。
当時勤務していた病院の認知症専門医・指導医の先生のご指導、ご教授の元に認知症診療を学ばさせて頂き、2016年に認知症専門医・指導医を取得することが出来ました。今では物忘れ専門外来を行っていますが、受診するご本人は勿論ご家族は大きな不安を抱えています。以前の私と同じように肉親の老いを受け入れられず、不安、葛藤、呻吟、懊悩煩悶と様々な想いで生活している事が伝わります。そのような時に、例え認知機能が改善されなくても、適切な診断を行い適切な方向に導いてくれる医師の存在はご家族の大きな精神的な支えになると信じています。残念ながら、変性性認知症の場合、発症前の正常認知機能に戻すことは現代医療では出来ません。しかし早期治療介入で進行を遅らせながら、周辺症状を上手にコントロールし御本人、御家族が穏やかな生活を送れる事が目標になります。また病気への理解を深めると同時に行政や地域のサービスを利用し、安心して暮らせる体制を作っていく事が可能です。私自身も非常に苦労しましたが、認知症は認知機能の低下そのものより、周辺症状と呼ばれる暴言・暴力・被害妄想・幻視・睡眠行動異常・無気力・無関心・過剰不安・睡眠異常に悩まさます。これらの周辺症状はお薬によってコントロールされることが多いです。これらを低減させる事によってご家族の精神、身体的ストレスは軽減します。しかしながらそのことを適切に指南出来る医師は想像以上に少数です。私は自身の経験より適切に診断、治療、サポート、ご家族の精神的サポートを行う事が使命と受け止めております。清水町はじめ、三島市、沼津市、長泉町、伊豆の国市、函南町地域の方々が穏やかで安心した生活を送れますように、経験と知識を使ってお手伝いしていきたいと思います。