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5-4
授乳中の片頭痛治療

はじめに

妊娠中は片頭痛発作が消失する事が多いのはエストロゲンが高濃度に維持されることでした。しかし出産後はエストロゲン濃度は低下しますので再び片頭痛発作が起こるようになると言われています。約半数の方が出産後1ヶ月以内に最初の片頭痛発作を起こすといわれています。この頃は授乳期です。妊娠・出産は女性にとって大きなライフイベントであり身体的、精神的な変化が大きく、また初めての経験である場合には不安が強くなりやすい傾向があります。授乳中は薬を服用することへの不安もある上に寝る事も思うようにいかず片頭痛発作が起こることへの不安も高まります。主治医はこのような大きな不安を持った方にしっかりとした片頭痛治療の説明を行う必要があります。母乳には多くのよい点があることが知られています。赤ちゃんの栄養、免疫力、神経発達、またお母さんの乳がんや卵巣がんの発症リスクを低下させる事や糖尿病などの予防につながることもわかってきています。赤ちゃんを母乳で育てたいと望まれるお母さんはたくさんいらっしゃいます。しかし、お母さんがお薬を使用する場合には、赤ちゃんへの影響が気になるところだと思います。多くのお薬は母乳中に移行します。しかしその移行する量は非常に少ないことが分かっています。

日本の薬剤添付文書の対応

授乳婦への薬物投与に関して、ほとんどの薬剤添付文書では動物実験等で移行が確認されるとして一律に「授乳を中止」あるいは「授乳を回避」といった記載になっています。ほとんどの薬物は母乳中に分泌され乳児が摂取します。重要なのは「母乳中に薬剤が移行する」ことではありません。「母乳中に移行した薬剤が乳児に有害なのか」が本来の問題です。医薬品添付文書は参照すべき情報です。しかしこの記載に従えばほとんどの薬剤は妊娠中・授乳中の女性に使用することができなくなり現実的な対応は困難です。大事なことは妊娠・授乳中の女性と胎児・乳児の双方の健康の確保です。胎児、乳児の安全のみを優先し、薬剤添付文書通り全ての薬を禁止する事は結果的に母体、胎児、乳児とも健康を害する結果に陥る危険性があります。胎児の順調な発育のためにも母体疾患の良好なコントロールを最優先することが必要です。

 

  • 米国小児科学会(American Academy of Pediatrics; AAP)の対応

米国小児科学会(AmericanAcademyofPediatrics:AAP)は 2005 年に母乳育児推進を提言し,小児科医が個々の診療の場だけでなく病院・医学教育・地域などで母乳育児を推進し,保護し,支援することが出来る方策を提供 しています。またAAPは2001年に授乳中の薬剤投与に関するガイドラインを公表しました。治療薬をこのリストの中から選択する事も合理的な選択肢です。

 

  • 国立成育医療研究センターの対応

国立成育医療研究センターは厚生労働省の事業として、2005年10月より、『妊婦・胎児に対する服薬の影響』に関する相談・情報収集を実施しています。医薬品の妊婦・胎児への影響に関して、必ずしも十分な情報があるとはいえません。トロント大学と連携し、小児科病院で蓄積されたデータの他、既存の文献を基礎情報として活用し、科学的に検証された医薬品情報を妊婦や妊娠希望者に提供しています。国立成育医療研究センターの『妊娠と薬情報センター』では、「授乳中に使用しても問題ないとされる薬剤の代表例」、「授乳中に使用してはいけない薬剤の代表例」をウェブサイトに掲載しています。それらを参考にするのも合理的です。

https://www.ncchd.go.jp/kusuri/lactation/druglist_yakkou.html#section1

解熱鎮痛消炎薬

ほとんどの解熱鎮痛消炎薬は、母乳中にわずかしか移行しません。しかし日本の医薬品添付文書ではアセトアミノフェン以外は投与時授乳不可と記載されています。AAPガイドラインでは、アセトアミノフェン・イブプロフェン・メフェナム酸・ナプロキセンが投与可能とされています。従って第一選択薬はアセトアミノフェンと考えられます。アセトアミノフェンは軽度-中等度の片頭痛発作に対しては効果を示し、実績のある安全性の高い解熱鎮痛薬です。効果はゆるやかですが、副作用が少なく長期の使用も比較的安全です。妊娠・授乳期の仕様に関して第一選択薬となるお薬です。国立成育医療研究センターの『授乳中に安全に使用できると考えられるお薬』の解熱鎮痛薬一覧にはアセトアミノフェン・イブプロフェン・インドメタシン・ケトプロフェン・ジクロフェナク・セレコキシブ・ナプロキセン・ピロキシカム・フルルビプロフェン・ロキソプロフェンと数多くのお薬が記載されています。

  • 第一選択薬はアセトアミノフェン

  • 第二選択薬はイブプロフェン

トリプタン製剤

薬剤添付文書ではスマトリプタンのみ12時間授乳を制限する時間的制限を設け、唯一使用可能なお薬になっています。薬剤添付文書の上では他のトリプタンは全て授乳回避となっています。スマトリプタンについては投与後8時間を過ぎるとほとんど母乳中に検出されないという報告もありますし、AAPのガイドラインで唯一授乳時の投与が容認されるトリプタン製剤とされています。国立成育医療研究センターやWHOの報告では授乳期にも安全に使用できる薬剤とされています。よって授乳の時間のタイミングをうまく図ったり、薬物内服前に搾乳しておけばスマトリプタンは安心して使用できます。

薬剤添付文書上では授乳回避の扱いになってしまっていますが、エレトリプタンのヒト母乳中への移行は投与後24時間までで約0.02%と極めて少ないため、乳児に影響が出る可能性はほとんどないと考えられています。国立成育医療研究センターの『妊娠と薬情報センター』においてもエレトリプタン は授乳中に安心して使用できるお薬一覧の中に記載されています。よって第一選択薬はスマトリプタン、第二選択薬はエレトリプタンと考えております。

  • 第一選択薬はスマトリプタン

  • 第二選択薬はエレトリプタン

制吐剤

ドンペリドンは薬剤添付文書上、動物での乳汁中移行が認められたと記載されています。しかし大量ではない通常量の投与は認められています。AAPのガイドラインでも授乳時投与が可能な薬剤とされています。メトクロプロミドは薬剤添付文書上、投与時は授乳を回避する事が推奨されています。AAPガイドラインでも乳汁中への蓄積性があるとされています。

  • ドンペリドンは大量投与しなければ投与可能

予防薬

片頭痛に対する予防治療は、授乳中は原則避けるべきと考えられています。授乳中は使用できない薬剤を使わざるを得ない状況もあります。また授乳が可能なお薬であっても母親自身が母乳育児を中止することもあります。しかし急な断乳は数ヶ月かけて行う離乳とは異なり、心理的調整の面でお母さまと赤ちゃんの両者にとって困難となることがあります。乳房にかなりの不快感を伴うこともあり、乳腺炎を起こすことも多い事実は断乳前に話し合う必要があります。乳腺炎は激しい痛みや高熱を伴います。また授乳の中止によってうつ状態に陥る危険性を報告しています。そして赤ちゃんとのスキンシップの機会が減る事はよろしくありません。即座に断乳するのではなく搾乳を検討するのも選択肢です。搾乳は母乳分泌を維持し乳腺炎も予防します。医学的な断乳を提案された場合には、母乳育児に詳しい医療専門家のサポートを得ることが推奨されています。その医療専門家が、別の選択肢がないか判断する際に力になってくれるはずです。頭痛の主治医と産科の主治医双方と相談して決めていく事が理想的です。また人工乳を使用する場合は、正しい調乳法を確認しておく必要があります。細菌の問題やアレルギーの問題もありますのでしっかりとした知識を持つ必要があります。

  • 授乳中の予防薬は原則回避